アニメBASARA第一期の個人的総括感想を毛利さん宅の女中でやってみました。もしかしたら慶次に意地悪で、伊達さんに失礼かもしれません。主観が混ざっておりますので、そういったものが苦手な方はご遠慮ください。
(苗字は「宇喜多」で固定ですが、史実や歴史上の人物とは一切関係がありませんのでご理解ください。)






戦乱の娘





約束なくやってきた前田慶次が語ったのは、毛利と長曾我部が瀬戸内で手を組み、北の武田・上杉・伊達らと時期を合わせて安土の織田信長を包囲するという作戦だった。魔王はやりすぎであり、奴を倒さない限りこの日ノ本に泰平の世は訪れない。そのためにも思うところはあるだろうが、瀬戸内海を挟んでいがみ合っている長曾我部と一時的でも良いから同盟を組んでくれないか。声を大にして、時に身振りを加えて熱弁をふるう慶次の様を、上座から毛利家当主、元就は眺めていた。常に冷静沈着であるその瞳がいささかの関心も見せていないことに、慶次自身うっすらと気づいていただろう。それでも元就を説き伏せない限り、織田信長を囲い込むことは出来ないのだ。先の長篠で散った多くの犠牲のためにも、そして何より討たれた徳川家康や上杉謙信、武田信玄のためにも。
「なぁ、頼む! この通りだ。あんたの力が必要なんだよ!」
胡坐を組む膝に手をつき、頭を下げる。濃茶の長い髪が揺れて、慶次の肩で夢吉が小さく「きぃ」と鳴いた。高松城の主、元就はただ一言も発することなく慶次の後頭部を見下している。端正な容貌は感情を見せないことでより硬質になり、家臣を駒とさえ言い切る元就の非情さを演出していた。
この城は、恐ろしいくらいに人の気配がない。沈黙は耳に痛く、返されない反応に焦りが募る。なぁ、と再度慶次が声を上げようとしたとき、微かな足音が聞こえてきた。軽い、一定の歩幅は女中のものだろう。乱れることなく静かなそれに、よく教育されてる、と慶次は関係のないことを思った。開かれたままの襖の端に影を現し、そのまま廊下に正座する。
「お茶をお持ちいたしました」
「入れ」
許可を得て立ち上がり、女中が畳みの縁を踏むことなく室内に足を踏み入れる。ここへ来てようやく、慶次は元就の声を聞いた。自分と同世代だろう男の声にしては少し高めで、けれど意識を突くような沈着さがある。女中は気配が薄く、邪魔することなく慶次と元就の間に入り、それぞれの手元に茶と菓子を置いた。持て成されてはいるが、そこに歓迎の意味はないのだろう。木肌色の着物につられて顔を上げれば女中と目が合う。ふわりと控えめな微笑を向けられ、若いけれど落ち着いているのは流石元就付きの女中だと慶次は感心した。というかむしろ、落ち着いていなければ元就の側付きなど出来ないに違いない。
「えっと・・・食べていいのかい? これ」
「どうぞお召し上がりください。安芸の名物、紅葉饅頭になります」
「へぇ、これが紅葉饅頭か。じゃあ遠慮なく」
赤子の手のひらのような形をしている饅頭を、慶次は一口で頬張った。途端に餡子の柔らかい甘さが口の中に広がり、その甘味に癒される。元就は饅頭にも茶にも手を伸ばす様子はなく、ただ視線を女中へと向けた。慣れているのか、その意を汲み取り女中が壁際に控える。美味いなぁ、と慶次は饅頭を飲み込んで感想を告げた。元就が形の良い唇を開く。
「上杉、武田が討たれ、北はもはや伊達を残すのみ」
「魔王は同盟国だった浅井や徳川まで討った。戦場で、背後から撃ったんだ。そんなことは人として許されることじゃない」
「ふん。駒をどう使おうが大将の自由よ。奴らは織田に従った時点で命運を手放したのみ」
冷酷な物言いに、思わず慶次の表情が歪む。元就はそれこそ興味がないといった様子で、己の傍らに座す女中へと視線をやった。控えている着物姿の、その背はまっすぐに伸ばされている。
「奏上を許す。、貴様の思うところを述べよ」
「はい」
求められるままに女中は頷いた。慶次がぱちりと目を瞬くと、彼女は少しばかり困ったように首を傾げる。戦場の局面に対し、他者に、しかも戦を知らないであろう女中に意見を求めるなんて。理解できずに慶次が口を開こうとすると、それよりも先に、女中があくまで控えめに元就への答えを返した。
「今までの流れ、そのすべてが伊達の策略であったなら、驚嘆すべきものだと感じました」
は、と慶次の唇から意図しない息が漏れた。元就の唇が笑みを浮かべる。続けよ、という言葉に女中は更に従う。
「現状を鑑みるに、伊達の被害が際立って少なく見えます。それすなわち、伊達が織田と密約を結んでいるという可能性が無きにしも非ず、と言えるのではないでしょうか。すべてが始まる前から、伊達と織田は同盟を組んでいた。その上で武田や上杉と連合を成し、織田と敵対している振りをしているのだとしたら」
「川中島に突入し、己の存在を武田と上杉に刻み込む。両者に己を無視させまいとし、織田という絶対的存在の前に暫時の仲間として徒党を組んだ。そして織田により上杉謙信と武田信玄が討たれた今、北の武将は伊達政宗を残すのみ。残党の全軍を率いて安土に乗り込んだところで手のひらを返し、伊達が織田に着き、日ノ本の半分が織田のものになる。そういうことか」
「はい」
「だが、伊達は長篠で明智軍の攻撃を受けている。それはどう説明する?」
「少しくらいの傷を受けておいた方が、余計な疑惑を抱かれないと思ったのではないでしょうか。もしくは、伊達が通じているのは織田信長の妻、濃姫であり、同じく濃姫に想いを寄せている明智光秀の悋気を買ったのでは」
「下世話なことよ」
「奥州筆頭はまだ若いと聞き及んでおります。濃姫の魔性に当てられても仕方ありませんし、もしくはそれを逆手にとって濃姫が伊達を使い捨てるといったことも。同じく伊達が濃姫を誑かして夫を手にかけさせ、織田を滅ぼし東を手に入れるといった可能性もあるかとは思いますが」
「おい・・・・・・おいおいおい、ちょっと待ってくれよ!」
淡々と静かに綴られていく疑惑に、慶次の頭がようやく動き出した。立ち上がって畳を踏みつければ、小さな茶碗が揺れて傾き、中身を撒き散らす。元就の表情が不快に変わったが、慶次はそれどころではなかった。彼らは今、何を騙った。伊達が織田と通じている? まさかそんな!
「馬鹿なこと言っちゃあいけねぇよ! 独眼竜が魔王とだなんて、そんなことがあるわけないだろ!」
「何故そう言い切れる。人間なぞ所詮、他人のことなど理解出来まい」
「っ・・・理解、出来なくても! 俺は直接独眼竜と会って、話もしている! あいつを徒党に誘ったのも俺だ。独眼竜は織田に着くような、そんな男じゃない!」
「我は会っておらぬ。見たこともない輩を信じろと?」
「じゃあ俺を信じてくれよ! この前田慶次を!」
「それこそ信じるに足りぬ」
元就が嘲笑して立ち上がる。身長は決して低くないはずなのに、線が細い所為か女性的な印象を受ける。それでも慶次を見上げて射竦める様は、違うことなき一国の主だった。余裕が垣間見え、その中に確固とした信念を感じさせる。元就は動かない。動じない。一歩の距離が歩みだされても、それは物理的なものでしかない。正座したままの女中は、そっと元就の背を見つめている。
「貴様がその名を名乗っている限り、我は断じて貴様を信用せぬ。前田は織田の犬。その名を継ぐ貴様が織田を討ちたいなどと、そのような戯言を誰が信じるものか」
「家は関係ない! 利もまつ姉ちゃんもだ! 俺が勝手に動いているだけで」
「ならば貴様は、いざ戦場で相対したときに己の叔父と叔母を斬れるのだな? その覚悟がなくて何が泰平よ」
戯言に貸す耳など持たぬ。いっそ爽やかに笑った元就が浮かべていたのは、慶次に対する侮蔑だけだった。去れ、痴れ者よ。冷ややかに命じられ、それよりも先に元就は袴を翻して室を出て行く。その横顔は最初と同じく冷静で、慶次のことなど歯牙にもかけていなかった。



高松城は、やはり静かだ。門前には兵士も立っているというのに、人の気配が感じられない。駒ではなく、生きた人間であるはずなのに。それでも慶次の言葉は届かないのか。失望だけを背負った背中に、柔らかな声がかけられる。
「前田様」
「・・・・・・その呼び方は止めてくれよ。せめて、この場だけでも」
自然と弱音になりながら振り返れば、門まで案内してくれた女中が目に入る。先ほど意見を述べた、元就付きの女中だ。変わらず控えめな微笑を浮かべていて、ただ慶次を見上げてきている。そこらへんにいるただの少女に見えるのに、それでも元就は彼女に一目置いているように感じた。女中が口を開く。
「元就様が非情と評されているのは、わたくしたち安芸の民でも知っております。それでも尚、わたくしたちが元就様に着いていく理由をお分かりになりますか?」
「・・・いいや、検討もつかないね」
「それは、元就様が安芸の国主であられるからです。元就様は、決して安芸を見捨てません。天下と安芸を秤にかけたならば、あの方は必ずや安芸を選んでくださいます。だからこそわたくしたちは、元就様について参るのです」
「そのために他の国がどうなっても構わないって言うのかい?」
「極論を仰らないでください。わたくしが伝えたかったのは、元就様は安芸のためならば動かれるということ」
秘め事ではないのだろう。声は抑えられないし、少し離れた場にいる門兵の動揺も見られない。ですから、と女中は続ける。
「元就様の信頼を勝ち得たいのなら、決して諦めないでください。元就様は安芸のためなら必ず動かれます。例え組む相手が長曾我部であっても、安芸のためになるなら、必ず」
「・・・・・・信じてるんだな、あいつのこと」
「元就様は安芸を慈しんでくださる、わたくしたちの国主ですから」
呟きに女中は笑った。静かで穏やかな、それでいて慶次に見せる、初めての華やかな顔だった。そのことにせめて救われた気持ちで、慶次は高松城の門をくぐる。そこではたと思い返して振り向けば、まだ女中はそこにいた。
「なぁ、そういやあんた、名前は?」
問いかけに女中はそっと答えた。
と申します。宇喜多、です」
「そっか。ありがとな、
「道中お気をつけて。またのお越しをお待ちしております」
深く、腰から折り曲げるようにして女中が、が頭を下げる。ありがとな、と再度告げて慶次は今度こそ高松城を後にした。元就の気配は感じない。それでも城下は栄えており、人々は活気で溢れている。慶次の尊ぶ幸福は、この安芸にも確かに存在するのだ。頬を掻き、慶次は天を見上げる。
「努力あるのみ、ってか」
安芸の空は美しかった。





元就様、好きです。一番は半兵衛様ですけれど! ダテムネはいじめたくなって仕方ありません。
2009年6月14日