青学の三強
不動峰のキング
聖ルドルフの女王
氷帝の帝王
――――――そして最後に



山吹の覇者





山吹の覇者





ーこっちこっちー」
ガヤガヤと騒がしい食堂に明るく間の抜けた声が響いた。
その声にピタリと周囲が静止して。
バッと道が開かれた。
食堂の入り口から最奥の白いテーブルまで一直線に。
空席を探していたり、昼食を運んでいたりと通路をふさいでいた生徒たちが一斉に脇へ寄ったのだ。
そして皆一様に両手を横につけピンと背筋を伸ばして、気を引き締める。
現れた、白い学ランの男子生徒がその中へゆっくりと足を踏み出した。



少年が動くたびに視線がそれに続いて移動する。
理知的な横顔に、流れる黒髪に、そのシルバーフレームの眼鏡に目を奪われて。
けれどそれ以上の存在感に圧倒される。
自然と湧き上がる尊敬と畏怖の感情は誰も止められない。
少年が一番奥のテーブルに着くと、近くに立っていた生徒が慌てたように椅子を引いて。
目線だけで礼を言って席に着いた。



、今日は何にする?」
「日替わりランチは?」
「んーと今日はキングサーモンのフライだって。あとサラダとご飯とスープ」
「じゃあそれで」
少年が頷くと何人かの生徒がカウンターへと走っていき、30秒後にはテーブルに昼食が届けられる。
両手を合わせて目を閉じて。
「いただきます」
少年は箸を手に取った。



一番奥のテーブルで食事が始まると、今まで立ってそれを見ていた他の生徒たちも席に戻り食事を再開させる。
少年の一言が合図になって。
それは私立山吹中学におけるルールの一つだった。
それも、生徒たち自身が自発的に守っているルール。
『山吹の覇者』を尊ぶ彼らによって作られ、遵守されている。



私立中学らしい整った設備の食堂で、千石清純は和食定食の味噌汁を飲み込んで話しかける。
さ、今日の放課後ヒマ? 代官山に新しいケーキ屋がオープンしたんだって。行ってみない?」
「つーかおまえ部活だろ!」
答えたのは話しかけられた本人ではなく一緒にテーブルを囲んでいる南健太郎で。
千石はそんな彼にさもわざとらしく首を振る。
「ダメだね〜南は、頭固いったら。オープンしたてのケーキ屋だよ? セールしてるに決まってんじゃん」
「それと部活サボるのとは何の関係もないだろ」
「俺はただ美味しいケーキをに食して頂きたくてだね」
「どうせ店に来る女の子をナンパするんだろ。がいれば成功率200%以上だもんなぁ?」
「・・・・・・俺一人でも十分できるし」
はとくに年上の綺麗系なお姉さんに受けがいいからな。千石君はそういう女性が好みだし?」
「地味’Sのくせにナマイキー・・・」
悔しそうな顔の千石に南はふふんと鼻で笑って。
黙々とサーモンフライを食べていた少年はお茶を一口飲んで口を開いた。
「今日はダメだ。放課後は先約がある」
思わず二人は振り返って。
「何? 先約って。ケンカの立ち会い?それとも仲裁?」
「青学に呼ばれている。この前の貸しを返して欲しいと、不二が」
「・・・貸し?」
南が不信そうに眉を顰めた。
、あの不二に貸しなんて作ったのか!?」
『あの青学の三強に!?』と信じられないように言うと、周囲もその声に驚いたように振り返った。
不二周助、彼の名を知らない者はこの山吹にいない。
いやそれどころか東京中探してもいないだろう。
なにせ彼はあの『青学の三強』の一人なのだから。
その『青学の三強』にまさかこの目の前にいる彼が借りを作っただなんて・・・・・・。
食堂にいた生徒たちが一斉に息を呑む。
青学と山吹は対等でなければいけないのだ。
青学だけではない、不動峰とも、聖ルドルフとも、氷帝とも。
決して傘下に入ることがあってはいけないのに。
それなのに。
皆の注目を浴びている中で少年は持っていたコップを置いて薄く笑った。
「心配することじゃない。この前ある件をもみ消してもらったからその礼だ」
「ある件って・・・・・・」
「亜久津が青学テニス部レギュラーに怪我を負わせた」
「「!!」」
南と千石がハッとした顔をする。
その話はたしかに聞いていたけれど。
「別に大したことじゃないが、青学でも手を貸してもらいたいことがあるらしい。『借りを返せ』なんて建前みたいなものだ」
「でも・・・」
「亜久津には俺から言ってある。変に言い聞かせようとなんてするなよ」
それは食堂中のみんなに向かって。
『山吹の覇者』を慕う余り暴走する生徒も多い。
それが校外生への制裁ならまだしも、内部分裂は出来る限り避けたいもの。
少年の一言には逆らいがたい力があり、元から彼を慕っている山吹の生徒たちは一も二もなく頷いた。
「でもさ、大丈夫? 不二君っていったら『青学の三強』の中でもメチャメチャ厄介じゃん」
千石の言葉にも少年は表情を変えることなく薄い笑みを浮かべたまま。
「おまえは、俺が『青学の三強』ごときにやられると思うのか?」
白い学ランに包まれた足をゆっくりと組み替えて。
少年は余裕に満ち溢れた微笑を放ち。
「俺は決して負けたりしない。青学にも、不動峰にも、ルドルフにも、氷帝にも」
ここにいる大勢の人間とは違う光り輝くオーラを身に纏って。
彼は不敵に宣言した。

「俺は『山吹の覇者』だからな」



この黒髪にシルバーフレームの眼鏡をかけた少年は名をという。
彼を知らない者は山吹にはいない。
そして東京中にもいないだろう。
なぜなら彼は『山吹の覇者』だから。
『山吹の覇者』といえば『青学の三強』・『不動峰のキング』・『聖ルドルフの女王』・『氷帝の帝王』に並ぶ東京都内中学校を治める統治者の一人。
その統治者の中でもは一目置かれている絶対的な存在だった。
白い学ランに身を包み、身長はそう高い方ではないけれど整った容姿から他校にもファンが多い。
都内の中学校は統治者のいる5校の傘下に入ることが必然となっているが、山吹は男子校だからとくに女子校からの希望が多いのだ。
それもすべて自身のカリスマと彼の治める学校に穏やかな生活が保障されているから。
よって山吹の傘下には女子校とのカリスマに魅力を感じた男子校のみが集まっていた。

は理知的な面立ちをしているが、決してそれだけの男ではない。
頭と容姿がよいだけでは都内はおろか山吹でさえ治められはしないだろう。
彼には力も有るのだ。それこそ亜久津を相手にしてもたやすく勝利できるくらいの力が。
詳しいことは知られていないが拳法か何かを習っていたらしいとの噂も流れていて。
そんなは入学早々先輩に呼び出され、なおかつ返り討ちにしたという逸話もある。
そうして彼は名実共に『山吹の覇者』になったのだ。



昼食を食べ終えた後は午後の授業を受けるべく教室へと戻る。
職員室に行くと言った南と分かれて千石とは並んで廊下を歩く。
その間も廊下にいる生徒が道を開けては頭を下げて。
最初はその行動に眉を顰めていたも、三年目となればいい加減慣れてくるもの。
「不二君はいったい何を言い出すんだろうね?」
隣を歩く同じくらいの身長の千石に覗き込まれ、はフルフルと首を振る。
千石はそんな仕草に楽しげに笑って。
「ズルイのことだから予測できてるんでしょー?」
「出来てるけど大したことじゃない。青学傘下の学校で高校と揉めたところがあるらしいから、多分それだ」
「げ、高校ともめたの? どこ?」
「氷帝の高等部」
の答えに千石は「あちゃー」と額を手で叩いて。
「ダメじゃんソレ。大人しく売り渡した方がいいんじゃないの?」
「不二もそう思ってるだろうな。だけど傘下の学校をそう簡単に切り離すようじゃ統治者とは言えない」
「氷帝は跡部君の管轄だしねー。うわ、ひさしぶりに統治者全員集合?」
「橘は来ないだろうな。観月はここぞとばかりに氷帝につくだろうが」
「観月君、青学嫌いだもんねぇ」
「不二が嫌いなんだろ」
教室に戻って席に着き教科書を取り出す。
千石はというと人脈を活かしてゲットしたの隣の席でニコニコと笑っている。
それに小さく首をかしげて。
可愛らしい仕草に千石はますます笑顔になる。
「いやさ〜俺たちは幸せだなーって思って。がしっかり統治してくれるおかげで、俺たちが面倒に巻き込まれることって滅多にないし」
ほんの少しだけが苦笑する。
「当然だろ、『山吹の覇者』なんだから」
「いやいやいや、だって氷帝なんか見てごらんよ。跡部君のワガママに振り回されっぱなしじゃん」
「跡部もああ見えて苦労してるんだよ」
「でもやっぱりが一番だって!」
ねぇみんな? と千石がクラスを振り返って言えば、クラスメイトも廊下にいた生徒も全員が「そうだ! が一番だ!!」と返してくれて。
も思わず声を上げて笑った。
大切な仲間たちと一緒に。



都内には5つの有名な学校があって、東京はすでに彼らの支配下。
強烈なカリスマを持つも今はこうして友達と笑い合っている。
こんな彼だからこそ、山吹は治められるのであって。
きっとこれからもこんな日々が続いていくのだろう。



が『山吹の覇者』な限り俺たちは安泰だね」
千石の一言に苦笑して、けれどしっかりと頷いた。

『山吹の覇者』によって守られた山吹は、今日も平和なのだった。





2002年9月17日