ナチュラルとコーディネーターは憎しみ合っている。
それは、ラクスにとって心を痛めるものだった。
どうして歩み寄ることが出来ないのか。
どうして分かり合うことが出来ないのか、と。
けれどにとっては違った。
ナチュラルとコーディネーターの争いなど、彼にとってはどうでも良いことだった。
クルーゼが価値を置くものが、にとっての『意味あるもの』なのだから。
crying of Maria
シャトルに乗り込んできた男たちは、当然ながら皆、地球連合の軍服を身にまとっていた。
肩から提げられている銃に、は内心で舌打ちする。
いかなコーディネーターでもこれだけの至近距離で銃弾を交わすことは出来ない。
はラクスを背に隠すようにしながら、男たちを観察する。
乗り込んできたのは両手の指では足りないほどの数だった。
その中でも先頭に立った男は肩についている勲章の数が多く、敵艦の艦長か司令官だと判断する。
「これからこの艦を臨検する!」
野太い声が上がり、後ろに控えていた軍人たちが一斉に散って通路を走り出した。
銃を片手に構えてブリッジへ乗り込む。
荒々しい怒気を含みながら荷物をしらみつぶしに漁る。
まるで盗賊のような行為に、乗っていたクルーたちは顔を歪めた。
彼らとてコーディネーターなのだから、一対一で戦ってナチュラルに負けるとは思わない。
だが今相手にしているのは軍人であるということが、彼らの戦意を縮こませていた。
銃を突きつけられれば恐ろしい。それはナチュラルでもコーディネーターでも同じなのだから。
指揮を執っている男はひどく愉悦そうに顔を弛ませながら、シートの間をゆっくりと回る。
視線を合わさないように顔を背けているクルーたちを見下して、いい気になっているのだろう。
そうでもしないと強者になれない男を、は惨めだと思う。
コーディネーターもナチュラルも関係なく、ただ愚かだと思う。
まっすぐな眼差しに気づいたのか、それともの侮蔑を感じたのか、男が振り返る。
そして真紅の隊服に目を剥き、次いで憎憎しい炎をその瞳に滾らせた。
上官の雰囲気が変わったのに気づいたのか、何人かの部下も同じようにを見る。
浮かぶ憎悪の色に、ナチュラルとコーディネーターの溝は現れているのだろう。
「おまえは・・・・・・ザフトか」
近くまで来た男は僅かながらによりも身長が高く、見下ろしてくる。
その声に含まれているものを悟ったのか、の背の影でラクスは両手を握り締めた。
「赤い隊服は、ザフトの中でもエリートの証だと聞いている。こんな子供がエリートとは、コーディネーターの滅亡も時間の問題だな」
あからさま過ぎる揶揄に反応したのは、ではなく周囲のクルーたちだった。
俄かに殺気立つが、それも銃を向けられて言葉を飲み込む。
はただ目の前に立つ男を、感情のない目で見上げていた。
「そんな子供の顔をして、何人殺してきた? 一体何人、我らが同胞を葬り去ってきた?」
手の平サイズの銃が、の頬を撫でる。
銃口がこめかみに押し付けられ、男の指がゆっくりと撃鉄を起こす。
けれどその間にもの顔色が変わることはなかった。にやにやと男も笑い続け、そしてカチリ、という小さな音が、喧騒の中に響く。
トリガーに指がかけられようとした瞬間、ピンク色の何かが二人の間に割って入った。
「そのようなことはお辞め下さい・・・・・・!」
ふわりと浮かぶ髪。目の前に現れたのがラクスだと判断するよりも早く、は彼女の腕を引いて再び背に隠した。
驚きに目を見開いていた男の顔が、下卑たそれに変わる。
銃を構えたままのナチュラルと、ラクスに目をつけられて戦意を露にしたコーディネーターに、は小さく舌打ちをした。
にとっては、ナチュラルとコーディネーターの争いなどどうでも良かった。
クルーゼがその戦争に乗じると言ったから、価値あるものと考えてはいるけれども。
平面上はザフトに属する。けれど真実はどこにも属していない。
はクルーゼのものだった。
ナチュラルもコーディネーターも関係ない。
・はラウ・ル・クルーゼのものなのだ。
あなたが望むのならば、何だってしてみせよう。
あなたは俺の、『絶対』なのだから。
「ほう・・・・・・これはこれは」
男はいやらしく笑いながら、覗き込むようにしてラクスを見る。
その視線から庇うようにして、は肩を張らした。
「そちらのお嬢さんは、最高評議会議長であるシーゲル・クラインの娘さんじゃないのかね?」
父親を評議会議長に持ち、自身も歌姫として顔の知られているラクスの情報は、地球連合にも広まっていたのだろう。
目の前の男の考えが、には手に取るように判った。
どうせラクスを本部にでも連れ帰り、ザフトとの交渉材料にでもするのだろう。
愚かなことだ。そうすれば先に手を出したのは地球連合だと、プラントに攻撃理由を与えるだけなのに。
少し考えれば察せられることも、目の前にいる男には判らないらしい。
突如振ってきた行幸に眼がくらんでいる。そしてラクスの美しさにも。
男の目はまるで視姦するかのように、彼女の肌の上を這いずり回っていた。
「あなたのような方が、何故このような民間シャトルに?」
醜い笑いと言葉遣いが彼女の今後の扱いを示しているかのようで、クルーたちは嫌悪感を露にする。
ラクスはに庇われながらも男と視線を合わせ、しっかりとした声で答えた。
「私たちは、ユニウス・セブンの追悼慰霊のための事前調査に来ているのです」
「・・・・・・・・・ほう、ユニウス・セブンですか」
「はい。ですからどうか、このまま通過させて頂けないでしょうか?」
「そうですねぇ・・・・・・」
男はわざとらしく考え込むように手を顎に当て、弛みきった口を開いた。
「あんな瓦礫の山に行ったところで、することもないでしょう? それよりも是非我々と―――・・・・・・・・・」
それから何が起こったのか、ラクスは知らない。
ただクルーの誰かの声がして、次いでの肩越しに見えていた男の頭が、赤い雨を降らして割れたのが見えた。
けれどそれも一瞬。飛び散った血はラクスの髪に付着する前に遮られ、上から強い力で頭を押さえつけられた。
シートに蹲るようにして、指の隙間からそっと窺う。
視界には前後の椅子と、の背中だけしか見えなかった。
銃声と怒号、悲鳴や呻き声が耳に入ってくるけれども、それが何かを判断する暇はなく、今度は強く腕を引かれて、気がつけば走り出していた。
靴が、何か床ではない柔らかいものを踏んだ気もする。
だけど下を向くことも出来ず、ラクスはただ腕を引くの背中だけを見つめていた。
通路を抜け、格納庫、そしてドッグ。
初めて入る場所をラクスが見回している少しの隙に、はその場にいたナチュラルを三人撃ち抜く。
そして彼女を抱き上げて柵を越え、片手間に近くの機械を弄くりだした。
ピー、という小さな音と共に救命ポッドのハッチが開く。
無理やりにその座席へ座らされ、ラクスは目を瞬いた。
「・・・・・・様?」
押し付けられた袋は、地球連合が臨検に来ると述べたときにが用意していたもの。
二人分の酸素ボンベが入ったそれは、ポッドの酸素生成機が壊れてもラクス一人をしばらく生かすのには十分だ。
「オート操縦に設定しておきます。シャトルからの通信が途絶えれば、不審に思ったプラントから調査団が派遣されるでしょう」
パネルを叩く指はとても早い。常よりもさらに冷たく見える横顔が、ラクスに事の重大さを教える。
「様は・・・・・・どうなさるのですか」
「自分は残ります。相手がナチュラルなら多少の人数差はあっても―――・・・・・・」
「――――――いや、君も行ってくれ」
第三者の声に、ラクスは顔を上げた。
まだパネルを操っているの向こうに、男が一人立っている。
このシャトルのクルーたちと同じ服は、今は脇腹の辺りが鈍い赤色に染まっていた。
「お怪我を・・・・・・っ」
ラクスはポケットからハンカチを取り出すが、男は優しく笑ってそれを断る。
その顔に浮かんでいるのは諦めと誇り、そして覚悟だった。
何故か父親を思い出し、ラクスは戸惑い手を止める。
「ラクス様お一人では、この宇宙は危険すぎる。君が守って差し上げてくれ」
「それで自分たちの生存率を下げるのか?」
「このシャトルは民間船だが、我々にも意地がある」
男の手が、からパネルを取り上げる。
向けられた鋭い眼差しにも怯えることはなく、の肩を押して。
二人の身体がポッドに納まったのを確認し、男はボタンを押した。
ハッチが閉まり、エンジン音が鳴り始める。
その音で気がついたのか、何人かの軍人たちが入り口に姿を現した。
ポッドの中から、ラクスがハッチを叩いて何かを訴えている。
彼女を抱えるようにしながら、は眼差しを寄越している。
男はそれに笑顔を浮かべ返し、射出スイッチを押した。
小さな救命ポッドが広く暗い宇宙へと出て行く。
「君たちは我々の希望だ・・・・・・。どうか、コーディネーターに明るい未来を・・・!」
呟いて、男はナチュラルたちに向かっていく。
それからしばらくの後、ユニウス・セブン追悼慰霊団は完全に沈黙し、自身もまたデブリ帯を形成する一つと化す。
宇宙を漂う救命ポッドからは、鎮魂歌が止むことなく紡がれていた。
2004年10月31日