周囲に人間がいないのを確認して、はセキュリティにカードを通した。
シュッと扉が音を立てて開き、素早く中に足を踏み入れる。
突きつけられた銃を片目で見やったまま室内を歩き、手にしていたトレーをテーブルに置いた。
「死にたければ撃て」
低く冷たい一言に、フレイは震える両手で銃をきつく握った。
The bullet of help by the fool
仮面をつけたコーディネーターの男に連れてこられたザフトで、フレイは様々なところへ引き回され、ついには艦内の一室へと押し込まれた。
壁を背にして男の行動を伺い、隙あらば逃げようとホルスターの銃を確認する。
まもなくして部屋のブザーが押され、外からの声が響いた。
『・です』
「入りたまえ」
耳にした名前と聞き覚えのある声に、フレイは息を呑んで開くドアを振り返る。
入ってきたのは赤い軍服に身を包んだ黒髪の少年。その顔は決して忘れることなどない。
今は痕の消えた喉を、フレイは無意識のうちに手で抑えた。
腕を上げて敬礼しようとしたを眼差しで止めて、クルーゼは話を始める。
「。こちらはフレイ・アルスター。ナチュラルのお嬢さんだ」
「はい。以前にクライン嬢と足つきに拘束されていたときに会ったことがあります」
「あぁ、やはりそうだったか」
二人の会話は自分を無視した上で行われている。
フレイにはそれが判ったが、口を出すことは出来なかった。
ただ腰に帯びている銃に手を添えて、機会を待つ。
「彼女にはこれからしばらく当艦にいてもらわなくてはならない。その間の世話を君に任せる」
「承りました。捕虜は武器を所持しているようですが、そちらはどうなさいますか?」
フレイの肩があからさまに震える。
小刻みに震える手を奥歯を噛み締めることで押さえて、ホルスターの上から銃身を握って。
クルーゼはそんなフレイを仮面の下から眺め、薄く笑みを浮かべた。
「それくらい持たせておいても支障はないだろう。まぁ、彼女が馬鹿でなければの話だが」
訓練も受けていないフレイが、一発でコーディネーターである自分たちを仕留められるとは思わない。
震えている手がその証拠。それにザフトに連れてこられて以来、そうするチャンスは多々あった。
けれどしなかったのは、彼女に殺すだけの技術がない証。殺すタイミングが分からない。殺す覚悟を持っていない。
そんな人物が銃を持っていたとしても、それは然したる脅威ではない。
クルーゼはそう考え、去り際にの肩に手を置いて彼の耳元で囁く。
「ナチュラルとはいえ彼女は女性だ。優しく接してやりたまえ」
見上げてくる黒い瞳に、仮面をつけていても分かる笑みを浮かべて。
「それに、容姿は美しい」
「・・・・・・俺はそういった感情を戦場に持ち込む気はありません」
「奨励しているのだよ。たまには息抜きをしても罰は当たるまい」
「必要ありません」
心持ち目元を吊り上げてが拒否すると、クルーゼは笑うだけでそれ以上何か言おうとはしなかった。
シュッと音を立ててドアを開き、去っていくのを見送って、は室内を振り返る。
顔を歪めて自分を見ているフレイを、冷めた目で視界に収めて。
機械的に彼は述べた。
「フレイ・アルスター。おまえは今から俺の監視下に入る。死にたくなければ馬鹿な真似はしないことだ」
綺麗な顔立ちが、彼をさらに冷たい人間に見せる。
硬い銃身の感覚を手にしながら、フレイはきつく唇を噛み締めた。
が運んできた食事は、アークエンジェルにいたときとさほど変わらないメニューだった。
それを喜ぶよりも、何故ナチュラルとコーディネーターが同じような食事を取らなくてはいけないのだ、とフレイは思う。
コーディネーターのくせに、と憎しみを込めて。
ブリッジから見ていた、味方の艦の爆破。
乗っていた父親の死。
そして喉に指を衝き立てられ、殺されかけた事実。
一気に湧き上がってきた炎がフレイの中を焼いて、止めどなく加速していく。
ドアに程近いところに座っているの横顔がさらにそれを増長させ、フレイは持っていたフォークを握り締めた。
恨みだけが溢れていく。――――――止まらない。
「もしも仮におまえが俺を殺せたとしよう」
何も言っていないのにが話し出し、フレイは動揺すると同時に奥歯を噛む。
目を開いているはずなのに、彼の瞳は彼女を見ていない。それがやけに腹立たしい。
「おまえは俺を殺す。その後でこの部屋から逃亡する。だが、すぐに他のクルーに見つかるだろう」
「・・・・・・そうしたら、そいつも殺すわ」
「その銃に装填できる弾数は六発。おまえは六人目のクルーに取り押さえられる」
「それなら、六人目に出会うまでに逃げ切ればいいんじゃない」
「無理だな。そうするにはこの艦は広すぎる。それに」
興味なさげに彼は呟く。
「おまえは、愚かだから」
冷静な一言に皮肉めいた響きはなかった。だからこそフレイはカッと熱くなる頬を抑えることが出来ずに立ち上がる。
トレーを横に投げやってホルスターに手をかけ、銃身を握り、突きつけた。
それでもこちらを見ないに叫ぶ。
「私だって好きでこんなところに来たわけじゃないわ! 私は、こんな・・・っ・・・・・・!」
せり上がる言葉が何故か震える。
爆発が、父親の顔が、恋人の顔が、友人の顔が。
――――――キラの顔が、浮かんで。
がようやく振り返る。手の中の銃がぶれて、フレイは堪え切れずに叫んだ。
「好きで・・・軍人なんかになったわけじゃない・・・・・・っ!」
熱い雫が溢れて頬を流れる。
零れ落ちた銃が床に落ちて微かな音を立てた。
沈黙の舞い落ちた部屋に、フレイの嗚咽が響く。
撥ね退けられて落ちてしまった食事を、は眺めて。
零れ落ちる涙に口を開いた。
「だったら退役すればよかっただけの話だ」
フレイが瞑っていた目を見開く。
「チャンスがなかったとは言わせない。その機会を投げて軍人になることを選んだのはおまえ自身だ」
唇が戦慄いて涙が落ちた。
「何をしたくて軍人になったのかなんて知らない。だけど、なったからにはそれを遣り通せばいいだけの話」
恐怖ではなく震える手の平を握る。
「おまえといい、キラ・ヤマトといい、戦うことを恐れながらも軍人になるだなんて笑わせる」
噛み締めた奥歯で鈍い音がして。
「大人しく退役しておけば『父親を亡くした可哀想なお嬢様』で済んだものを。棒に振ったな」
堪えきれない悔しさが心に浮かぶ。
「だからおまえは愚かだと言うんだ」
パンッという音がの頬を打った。
近づいてくる手の平をは見切っていたが、けれど避けることはしなかった。
叩かれた左頬がだんだんと熱を持っていく。叩いた、フレイの右手も。
悔しさと憎しみが湧き上がって彼女の顔を歪めていた。
流れる涙を醜悪だな、とは思い、座っていたソファーから立ち上がる。
睨みつけてくるフレイに、転がった食事とトレーを示して。
「食べないのなら片付けておけ」
それだけ言って背を向け、ドアを開けて出て行った。
フレイはまだ、微かに紅く腫れたの横顔を睨んだまま。
募る負の感情に身を狂わせて。
浮かんできた顔に涙を流して請う。
「助けて・・・・・・っ!」
誰の名を呼んでいいのか、分からない。
零れた雫が頬を伝い、床の上の銃に跳ねて光った。
2004年6月11日