が竜崎桜乃と付き合いだしたという事実は、ものすごい勢いをもって青春学園に広まった。
好意的に思う者、否定的に思う者、何を考えてるのかと訝しむ者。
反応は多種多様だったけれど、その渦中の『彼氏』を知っている者の抱いている感想は一つだった。
果たして、いつまで持つのか――――――と。





あなたとワルツを





「ねぇねぇねぇ桜乃! 昨日どうなったの!?」
学校に来て一番最初に桜乃を見つけて、そのまま突進して聞いた。
本当は昨日の夜にでも電話して聞こうと思ったんだけど、いなかったらどうしようって思って。
まさか会ったその日になんてことはないと思うけど、でもあの先輩だし!
四つも年上だし、ありえないこともないかな、って考えたりしちゃったから。
「と、朋ちゃん、声大きい!」
桜乃が真っ赤な顔で言う。
慌てて視線をまわりに走らせる様子は、昨日までの桜乃と変わんないんだけど・・・・・・。
「・・・・・・それで、どうなったの?」
桜乃の前の席に座って、言われたとおり声を小さくして聞いた。
だってだってやっぱり気になるし!
あの大人しい桜乃が出会ってすぐに告白しちゃうなんて、絶対考えられなかったのに!
「あの、ね・・・・・・」
顔だけじゃなくて、耳や首まで真っ赤にして、桜乃は俯いて。
「・・・・・・付き合ってもらえることになったの」
嬉しそうにはにかんだ桜乃は、女のあたしにもすごく可愛く見えた。

昨日、リョーマ様を見に行ったテニスコートで、あたしと桜乃は先輩に出会った。
高等部に通っている、あたしたちより四歳も年上の人。
背が高くて、シンプルな眼鏡をかけている、男の人なのに綺麗な先輩。
外見だけなら文句ないんだけど・・・・・・。
少しだけ、冷たそうな人。
冷静な感じで、笑ったりしなさそうな、どちらかといえば俺様タイプ?
正直に言って、桜乃の好みじゃないと思ったんだけど・・・・・・。

「でも、でもね、先輩はそんなにヒドイ人じゃないよ?」
そう言う桜乃は、もう先輩の『彼女』なんだよねー・・・・・・。
何だかすごく不思議な感じ。桜乃とあの先輩が並んで歩くのって。
「確かに、少し他人を突き放したところもあるけど・・・」
・・・・・・少し?
「それでもみんなに平等だし、優しい人だよ」
・・・・・・それはみんなに冷たいって言うんじゃ?
「―――――だから」
心の中でツッコミを入れてたから、桜乃の言葉に気づくのが遅れてしまって。
慌てて顔を上げたら、机越しに桜乃と目が合った。
まっすぐな、いつもと違って怖いくらい真剣な目があたしを見ていて。

「・・・・・・先輩のこと悪く言ったら、いくら朋ちゃんでも許さないから」

そう言い切った桜乃がすごく綺麗で、あたしは何も言えなかった。





会長は、俺にとって恩のある人だ。
俺が一年のときに会長は三年で、生徒会長を務めていた。
壇上に立つときの凛とした姿勢や、生徒を纏め上げて引っ張っていく統率力。
それらすべてを子供ながらに尊敬していたし、今もしている。
俺が二年で生徒会長の任についてからも、会長にはいろいろと世話になってしまった。
本当に数え切れないくらい恩を抱き、感謝をしている。
――――――が。
「・・・・・・・・・遊んで捨てるような振る舞いは通用しない相手だと思いますが」
竜崎先生の孫である少女と、今目の前にいる会長が付き合いだしたという事実は、すでに青学に広まっていた。
二年前から会長に関する噂は勢いを衰えない。
高等部に進んだ今でさえ、この人の話は俺たち中等部にまで伝わってくるのだ。
まぁ、それでも同時期に在学した三年が中心で、一年の方までは伝わっていないと思っていたが・・・。
これから先は、きっと中等部全体に広まるんだろう。竜崎桜乃という切欠を通じて。
「彼女はまだ子供です。一体何を考えているんですか?」
俺の言葉にも耳を貸さず、会長は手元の書類を眺めては放り投げていく。
・・・・・・・・・これを後で拾い、処理するのは俺の仕事なのに、まったくこの人は。
二年前にこの生徒会室の主だった会長は、この部屋にいるのがあまりに自然すぎる。
他人の言うことには耳を貸さない傍若無人さも相変わらずだ。
だからと言って、いたいけな子供に手を出すような人ではないはずなのに。
「・・・・・・会長、話を聞いて―――」
「手塚」
続けようとして言葉は、熱のない冷たい言葉に遮られて。
「いつからおまえは俺に意見できるほど偉くなったんだ?」
冷ややかな会長に見据えられて、俺は喉を引き攣らせた。

という先輩は、その怜悧な性格と行動をもってして、人々の心に強く残るような存在だ。
常に無表情に近い容貌で、他者に与えるプレッシャーは計り知れない。
そんな会長に魅了される者も数え切れないくらいいるが、俺はそれらの人々が容赦なく切り捨てられていくのも知っている。
来る者を拒みはしないが、去る者を追いもしない。
恋人関係においてもそれは同じで、会長は付き合っているはずの女性を容易く切り捨てる。
だからこそ、今回もそうなのだと思った。
振り回される少女に憐憫の情さえ浮かんで。

押し潰されるような威圧感がふっと緩む。
ほんの数秒のことなのに、俺はすべての感覚を会長に飲み込まれてしまった。
こういうときに本当に、この人は支配者たるべき人物なのだと気づく。
「俺が誰とどう付き合おうと、おまえには関係ない」
そう言う会長は、再び書類をつまみ上げては床へと落としていく。
「・・・・・・ですが」
「おまえが、俺に、説教するのか?」
「・・・・・・・・・」
そう言われては何も言うことが出来ない。
間違ったことを言っているつもりはないが、この人に対してそれが意味を成すのかと聞かれれば話は別だ。
会長は、自らの意思に問題があろうとも、それを成し遂げてしまう人だから。
「心配しなくても大和のお墨付きだ」
告げられた言葉に意味が分からなくて顔を上げると、滅多にない光景が広がっていた。

「桜乃は、俺と張れる唯一の女かもしれないってな」

この人が何の含みもなく笑う顔を、俺は初めて見た気がした。





いるだけで周囲を制する青年と、その隣ではにかむように笑う少女。
彼らが別れたという噂は、まだ聞かない。





2004年4月15日