「―――――好きです」
俺を見上げて相手は言った。
先輩が、好きです」
年下だろうがテニス部の顧問の孫だろうが関係ない。
泣いているなんてもっての外だ。
外見だけで寄ってくる女は掃いて棄てるほどいる。
「・・・・・・悪いけど」
餓鬼に興味はない。そう言おうとしたら何かを察したらしい大和に目線で咎められた。
従う義理はないが、ここで騒ぎを起こすのも得策じゃない。
面倒くさいと思いながらも俺は大和の案に乗ってやる。
「家まで送る間に話は聞く」
餓鬼相手だから最大限の譲歩をしてやるよ。





あなたとワルツを





涙の跡を残したままの女を連れて歩くほど馬鹿じゃない。
顔を洗って来れば、と一応声をかけてやる。待ってるから、とまで付け足して。
自分でも笑ってしまうくらいの大サービスだ。
彼女とその友達らしいのが校舎内へと入っていくのを見送る。
「これでいいんだろ、大和」
振り返って聞けば、サングラスの向こうで大和が笑みを浮かべた。
「相手はまだ中学一年生の女の子なんですから、出来るだけ優しく接してあげて下さいね」
「知らねぇよ、そんなの。どうせ俺の外見だけだろ」
今日初めて会ったばかり、話したことがおろか、視線を一度合わせただけ。
それなのに「好き」?
そう言ってくる輩は少なくないからこそ辟易する。
クールだか美形だか知らねぇけど、この顔のどこがいいんだか。
そう言うと大和はいつもよりも楽しそうに笑った。
「今回は少し違う目が出るかもしれませんよ」
「・・・・・・あの餓鬼に何かあるとでも?」
「さぁ」
一人で勝手に納得して大和は頷く。
俺はこいつのこういうところが嫌いで、だけど悪くないと思う。
校舎から出てきた待ち人を確認して浅く溜息をついた。
「名前、何だっけ」
「大和祐大ですよ。もう呆けですか?」
「てめぇじゃねーよ」
「竜崎桜乃です。ちなみに一年生」
「竜崎、ね」
それだけ知ってりゃ十分だ。駆け寄ってくる相手を見てから歩き出す。
また明日、という大和の言葉に肩をすくめた。



家の場所を聞けば、駅から電車という答えが返ってくる。
俺は駅近くのマンションだからじゃあ駅まで送る、と言っておいた。
本当に破格の待遇だ。告白してきた女を送ってやるだなんて。
「それで?」
「え?」
隣を歩く相手を見はせずに問う。
「俺のことが好き。それで?」
「それでって、えっと・・・・・・」
「何がしたいんだ?」
聞けば、視界の隅で小さな姿が下を向いた。
長い三つ編みが力なくへたれたようで、俺は思わず犬を思い出す。
犬は嫌いじゃない。犬はな。
「私は・・・・・・」
それだけ言うと俯いたまま言葉が止まる。あぁ、やっぱりな。
俺のついた溜息が聞こえたのか、ビクッと隣で肩が揺れて。
だけどそれに気を使うつもりもない。
子供のオママゴトに付き合ってなんかいられるか。
「悪いけど、自分が何を望んでいるのかくらい判るようになってから出直してくれる?」
生憎と俺は一目惚れを信じてないから。

「・・・・・・私」
聞こえてくる声は意外にもしっかりしている。
先輩のことが、好きです」
「それは聞いた」
「だから、その・・・・・・」
「付き合いたいって?」
言えば顔を上げる。そこで俺はようやく隣を見た。
俺の肩よりも低い位置にある頭。化粧の下地もしていない顔。
泣き腫らした赤い目でまっすぐ俺を見上げている。
何か喋る前に俺が先を封じた。
「キスしてセックスして好きだって囁いて? そういう定番コースなら俺以外の奴でも出来るだろ」
「・・・っ」
「『付き合う』っつーのはそういうことなんだよ」
だから、こんな子供と『付き合う』のは無理だ。
そう続けようとすれば、今度は俺が先を封じられて。
真っ赤な目が俺を見つめる。
「・・・・・・違い、ます」
また泣きそうに涙が盛り上がってきてる。
「私の知ってる『付き合う』っていうのは、お互いに好きになることだと思います」
「ロマンティストだな。じゃあその理論でいくと、あんたは、俺に好きになってもらいたいんだ?」
見定めるように見下ろして言うと、しばらくの間の後でコクリと頷きが返ってきて。
鞄を握っていた両手のうち片方を離して、ゆっくりと俺の方に伸ばしてくる。
小さな手。俺の手ですっかり包み込めそうな、握り潰せそうな。
躊躇いがちに伸びてきて、けれどきつく俺の制服の裾を握った。
顔を赤くして言う。
先輩が好きです」
餓鬼のくせに、やけに真剣に。

「好きです・・・・・・っ」

女の顔をして、竜崎桜乃は言った。



泣きそうで、でも泣かない目。零れそうで零れない涙。
去年までランドセルを背負ってたにしてはイイ根性をしてる。
年齢の所為か擦れていないストレートさも悪くない。
外見とスタイルは将来に期待ってところか。
さっき言われた大和の言葉が甦る。
――――――そうだな、今回は乗ってやってもいいかもしれない。

育てるってのも悪くないな。



離さずに俺の制服の裾を掴んでいる手を取って、適当な力で握り締めてやる。
戸惑った目がだんだんと困ってきて、ついに首筋まで赤くなった。
たまにはこういう反応も良いもんだ。
口付けるには、腰を屈めなくてはいけないけれど。

触れるだけの子供キスに、桜乃はこれでもかってくらいに目を見開いた。
我ながら随分な妥協案だと思うけどな。
「いいよ、付き合ってやる」
まだ丸い頬を指の背で撫でて。
「その代わり精々努力していい女になれよ。必死でレベル上げてな」
今はまだ全然届かないけど、きっと素質くらいはあるだろう。
違う目が出るならそれもいい。出なければいつものように切り捨てるだけだ。
周囲には滅多に見せない笑みを唇に乗せて、俺は言う。

「そうすればおまえのことを好きになってやるよ」

俺の言葉に桜乃は深く何度も頷いて、その拍子に涙がボロボロと零れ落ちた。
ブレザーの袖で拭ってやる。まぁ一応『彼氏』だしな。
たまには優しくしてやるのも悪くない。
とりあえず今度は桜乃の片手を引いて歩き出した。

長期計画で楽しませてもらうかな、なんて考えながら。





2004年3月14日