校庭を駆け回る少年たち
追いかける白と黒のボール
揺れるネット
眩しすぎて目を細めたそのとき

「こんにちは、綺麗なお姉さん」





A lady meets a gentleman.





西園寺玲はつい振り向いた
自分が呼ばれたのかは定かではないがとりあえず
フェンス越しに一人の少年の姿を捉えて
思わず首を傾げる

「綺麗なお姉さん。少しだけ俺とお話しませんか」

ニッコリと笑みを浮かべて
グレーの細いフレームをした眼鏡の奥の瞳が優しく瞬いて
柔らかな物腰

「話?」
「ええ。今日の経済についてでも、新しく出来たブランドショップについてでも、貴女の夢や未来についてでも、何でも構いません。もちろんサッカーについてでも」

グラウンドで走り回っている同年代の少年たちを暗に示して
半袖シャツの下から小麦色の肌が覗く

「・・・そうね、それならあなたの話をしてもらおうかしら」
「俺の話ですか? 聞いても楽しくはないと思いますけれど」

クスクスとまるで少女のように可愛らしく笑って

「警戒なさらなくても、貴女があまりにお綺麗だったから声をかけてしまっただけです。少しでも話ができれば、と思いまして」
「実際のところ感想は?」
「予想に違わず美しい方ですね。声も、知性も、話し方もすべて魅力的に思えます」

緩やかに微笑んで
どう見ても義務教育中であろう少年なのに、年に似合わない言葉回し
けれどそれはまるで紳士のよう

「先ほどの選手たちを見ている目は、思わず見惚れてしまうくらい真剣でお綺麗でした」
「あなた、サッカーは?」
「多少、たしなむ程度です。彼らと混ざってやりあうような腕前ではありませんよ」
「そう、それは残念」
「俺も残念です。もし俺に能力があれば、貴女ともっと親しくなれただろうに」

整った顔で微笑する
穏やかな物言いと柔らかな態度
一人の紳士を目の前にして

「あのキャプテンらしき少年は貴女の恋人ですか?」
「まさか。あの子はただのハトコよ」
「そうですか、それはよかった。あまりにこちらを睨んでくるものですから、てっきり恋人なのかと」
「恋人だとしたら引き下がってくれたのかしら?」
「貴女の幸せを願って草葉の陰で涙しますよ。十字架を片手に強奪というのも捨てがたいですが」
「ウェディングドレスじゃサッカーは出来ないわ」
「じゃあその下にユニフォームを着て。俺が攫った後はフィールドに直行しましょう」
「ボールも必ず持って」

二人で思わず笑みを漏らして
パーティーの計画を練るようにどこか楽しく
束の間の出会い
惹かれあう心

「あなた、飛葉の生徒じゃないわよね?」
「ええ、名もない私立中学の最終学年です。でもこちらに通えば貴女と出会えるとわかっていれば迷わずこちらに入学したことでしょうに」
「今日はどうしてここに?」
「私事で出かけていたところ、お綺麗な女性を見掛けしてしまって。自身の身も省みず声をかけてしまった次第です」
「・・・・・・名前、は?」

微かな興味
それでも絶対
綺麗に柔らかく微笑して

と申します」

魅了される
とろけるような甘い声
それはすべて彼女へと捧げられて

「お名前、お聞きしても?」

無意識の強制
けれどそれは彼女の意思
飲み込まれそうな感覚

「私は・・・・・・・・・」



「玲―――――――ッ!!」



校庭からこちらへと向かって走ってくる少年
それに残念そうに肩をすくめて

「時間切れみたいですね。・・・・・・ナイトのお出ましだ」

アッサリと引き下がる姿に
こちらへと向かって駆けてくる姿に
少しだけ恨めしく思って

「また、俺とお話していただけますか?」
「・・・・・・ええ」
「そのときは障害などなく」

ガシャンと握られたフェンスが悲鳴を上げて
見つめられた瞳
囚われる

「貴女に触れられる距離で」

切なそうに真剣な目で告げられて
触れることはかなわぬ距離なのに
彼は確実に触れた
彼女の心に

「それでは、また。・・・・・・アキラ、さん」

少しだけ揺れたネット
背を向けた後ろ姿
送られた微笑

寂しさを感じてしまった

「玲ッ!」
「どうしたの、翼。セットプレーの次はシュート練習よ?」
「判ってるよ、そんなこと!それより今の奴・・・・・・」
「世間話をしていただけよ。彼もサッカーをやるみたいだったから」

問答無用の笑顔で押し黙らせて
ほんの少しの仕返し
楽しい時間を邪魔されたから
そんなつもりではないと判ってはいるけれど
それでもつい

振り向いても姿はなく
穏やかな雰囲気も消えてしまって
残ったのはかすかな胸のざわめきと彼の名前
また、いつか

「またね。・・・・・・・・・ 君」

一時の出会いを心に残して
次なる逢瀬に胸を馳せる
もう一度、会えたらそのときは

「私の名前を教えてあげるわ」

うっすらと微笑んでこれからの未来に笑みを漏らした
フェンス越しの思い
次は触れられる距離で



また、会いましょう





2002年10月12日