<前編のあらすじ>
聖ルドルフに突如現れて不二裕太の唇を奪った絶世の美少女。
しかしそんな彼は実は男だったのだ!





プリティ・フェイス





「ふふふっ。裕太、俺帰ってきて早々告白されちゃった。俺ってばそんなに可愛い?」
両手を合わせて楽しそうに微笑む姿は美少女以外の何者にも見えない。
「そんな格好してくるからだろ。もしかしてアメリカでもずっとそうだったのか?」
当然のように尋ねる裕太に、相手はやはり当然のように頷いて。
「だってせっかく美少女顔に生まれたのにそれを活かさなくてどうすんの? あぁでもスカートはさすがに履いてないよ」
「履いてたらすでに行き過ぎだろ・・・・・・」
「まぁ履くときは履くけどね。勝負時とか」
「いつ誰と何の勝負するんだよ」
「ハロウィーンとか、クリスマスとか、ダンスパーティーとか」
「・・・・・・さぞかしモテただろ、おまえ」
「もうモッテモテ! でも安心して、俺は裕太一筋だから!」
「あーはいはい」
軽やかに幼馴染の会話を交わす二人。
その姿はやはり美少女にしか見えない。
たしかにスカートは履いていない。たとえ全身女物の服に身を包んでいたとしても、たしかに決定的に「女」だと言わしめるものは身に着けていない。
・・・・・・・・・・・・・・・だがしかし!
「で、でででででででででででででもっ!! さっき裕太とキスしてただーね!!!!」
ようやく上がった絶叫以外の声に幼馴染二人が振り向いた。
そして裕太は苦い顔を浮かべ、もう片方はやはり美少女にしか見えない甘い微笑を浮かべる。
「だから言ったでしょー? あれは親愛の情だって。まぁちょっと深かったかもしれないけど、習慣だから仕方ないし」
にこやかに笑って、一歩柳沢へと近づく。柳沢、思わず上半身を仰け反らせて逃げる。
けれどその腕に白く繊細な作りの手がかけられて、その感触に柳沢はザワッと体中を騒がせた。
こいつは女じゃない!目の前にいるのは男だ!
何度そう言い聞かせようとしても、やはり目の前で微笑む相手は世紀の美少女にしか見えなくて。
「なんなら」
グロスの光る唇を開いて、声が漏れる。
「・・・・・・・・・先輩にもしてあげようか?」
細い指先が唇をなぞって。
誘惑に、舌がひらめく。

「でもやっぱするならそっちのお兄さんがいい! だってめちゃくちゃ好みのタイプなんだもんっ!」

パッと手を離された柳沢はそのまま硬直し、他はまっすぐに伸ばされた指にしたがって視線を移す。
――――――――――ご指名を受けて固まった、赤澤へと向かって。

「今なら初回限定につき無料ご奉仕中! ねっ一回でいいからしてみない? 俺、上手いから天国にイかせてあげるよ?」
天使のように可愛らしい笑顔で、スポーツ新聞の中ページに載っているかのような台詞を吐く。
柳沢に伸ばしていた手を、今度は赤澤へと向けて。
「絶対、気持ちヨクさせてあげる。だから、ね? どう?」
背の高い赤澤に合わせるように背伸びして、その吸い込まれるように他者を魅了する瞳で覗き込んで。
動きを止めてしまった赤澤の顔がだんだんと赤みを帯びていく。
そんな反応に妖艶に笑って。
「・・・・・・・・・しても、いい・・・?」
かすれた声で囁いた。
近づいてくる唇に反射的に目を閉じて。
そこで赤澤は意識を失った。



数人の男たちに抱えられて運び出されていく赤澤と柳沢に裕太はほんの少しだけ罪の意識を感じて、幼馴染をたしなめる。
。おまえもうちょっと手加減を覚えろよな」
「だってーぇ・・・アカザワさん? あの人かなり好みのタイプなんだもん。あのアヒルさんも中々だし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・個性的な、好みなんですね」
「そう? 俺、こんなに可愛くて美少女だからさ、男らしい人に憧れてるの」
「・・・・・・・・・・・・・・なるほど」
観月はあいまいに納得して頷いた。なんとなく、流しておこうと思った。
「お名前はというんですね」
「そう。可愛い名前でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇ、そうですね」
どこまで本気なのか分からずに、やはり観月はあいまいに頷く。
けれどその答えには満足そうに笑って。
観月、木更津と選手交代。
「アメリカから帰ってきたってことは、どっかの学校に編入するの?」
「Yes, that’s right!」
「どこ?」
「もちろんココ!」
は現在立っているテニスコートを指差して宣言した。
ニコニコニコニコと、やはり美少女にしか見えない甘く可愛らしい笑顔で。
「・・・・・・・・・うち?」
「うん! 青学とどっちにしようか悩んでたんけど、やっぱルドルフに決めた!」
「その理由は?」
木更津の問いに、裕太はやはり「あ」と呟いたけれど、それはの言葉にかき消されて過去のものに成り果てる。
「だって青学には周兄がいるし。周兄、怖いし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
コート内にいたテニス部員全員の脳裏にある人物が描かれた。
そしてそれを慌てて消しゴムで綺麗に消し去ろうとする。考えたら、この場に現れてしまうかもしれない。
そういう人物なのだ。裕太の兄、不二周助という人物は。
「っていうのはまぁ嘘だけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘なの?」
「? うん。本当の理由は学ランが嫌だから」
一言でそう言い切って、はふわりと軽やかにその場で一回転してみせた。
柔らかな髪が、風を受けて揺れる。それはまるで、天使のように。
「俺に学ラン、似合うと思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・似合わないね」
「でしょー?」
同意を得て嬉しそうに笑うとやはりその顔は美少女で、木更津は先ほど言った言葉を真剣に考えてみようか、と思った。
その傍らで再び観月が話しかける。
「でしたら歓迎しますよ。ようこそ、聖ルドルフへ」
「ふふ。ありがとう、観月さん」
「寮には入るんですか?」
「うーん、それはまだ決めてない。でも裕太がいるなら入ろうかな」
自分よりも背の高い裕太を見上げて、は年相応の楽しそうな笑顔を浮かべた。
「裕太に会いたくて、日本に帰ってきたんだからね」
それは、とても、幸せそうに。



「まぁ日本の男子校で『姫』をやってみたいっていうのもあったんだけどさ!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「おまえやっぱアメリカ帰れ――――――――――――――――っ!!!!!」



可愛らしい天使が聖ルドルフに舞い降りた。
それは穏やかな日常が終わりを告げた瞬間でもあった。





2003年5月8日