「ゲームセット! ウォン・バイ・・・・・・・・・」
静まったコートに勝者宣告が響く。
「立海大付属、切原! 6ゲームズトゥ1!」
決勝へと駒を進める一校が決まった瞬間だった。





キングダム





大歓声がコートの周囲を埋め尽くした。
その中で余裕の笑みを浮かべてベンチへと戻ってくる立海大の選手。
切原赤也は渡されたタオルで汗を拭うと実に満足そうに笑った。
「お疲れ、赤也」
「うむ、よくやった」
コートから出てきたところで声をかけられ、当然のように振り返る。
「これで決勝っすね、真田副部長。あーでも手塚さんのいない青学じゃつまんないなぁ」
「まぁそう言うな。あの1年生も気になるんだろう?」
「そりゃそうっすけど。でもどっちかって言ったらやっぱ手塚さんっしょ」

「ならその一年は俺に寄こせ」

テクテクと近づいてきた影の発した言葉に切原は一瞬だけ目を丸くして、そして楽しそうに笑う。
「ダーメ。だっては補欠じゃん」
「ざっけんな! じゃんけんで負けただけだろーがっ!」
「運も実力のうちってね」
ニヤリと笑う切原にと呼ばれた少年は苦虫を噛み潰したように顔を歪めて。
そしてプイッと顔を背けた。
けれどそんな彼の態度に切原は楽しそうに笑って手を伸ばす。
同じくらいの身長の二人だから自然と肩を組み合って。
「汗ダラダラで近寄んな」
「うっわ冷てー。頑張った俺にいたわりの言葉は?」
「ゴクローサマでした」
「はいドーモ」
ふてくされながらも一応言うに切原は苦笑交じりの笑顔で答えて。
それを見ていた真田や柳も微笑ましそうに口元をわずかに緩める。

切原赤也と
彼らは来年の立海を担う紛れも無いエースたちだ。
実力でいえば二人の間にたいした差はなく、むしろどちらが上かなんて言い表すことは出来ない。
シングルスでは自己の強さを完全に出し切るし、ダブルスを組ませてみればそれ相応の結果を弾き出す。
二年生にして立海大のエースを張る、とても優秀な選手たち。
けれど真田と柳がいる限りシングルスの空席はたった一つで。
甲乙つけがたい彼らはじゃんけんという勝負方法でそれを争った。
グーを出してしまった自分を忘れない、とは呟き、以後じゃんけんではグーを出す頻度が少なくなったと言う。
そしてそれを逆手にとって切原は連勝を続けて。
こうしては毎試合レギュラーを切原に譲っているのだった。

「あーでも不動峰もあんまたいしたことなかったな。ダークホースって言うから期待してたのに」
今日は切原のアップ相手したときにしか使わなかったラケットをバッグに詰め込んで、は背負う。
「部長さんも俺が負かしちゃったし? 1ゲーム取られたのが悔やまれるけどさ」
「俺が出てたらラブゲームで勝ったのに」
、それはじゃんけんで勝ってから言えよ」
「次は負けねー」
「俺も負けない」
ポロシャツの上にジャージを羽織って切原が挑戦的に笑う。
そんな彼にも同じように笑って。
どのみちこの二人、似たもの同士なのである。
けれどそんな彼らを見過ごせない人間もこの場にはいた。



「――――――――――最低っ!」



甲高い声に二人はゆっくりと振り向いた。
そこにはストレートの髪を乱して、泣きそうになりながらこっちを睨んでくる少女がいて。
切原が不思議そうに首をかしげる。
「・・・・・・・・・誰、これ」
「不動峰のマネージャー」
「さすが。可愛い子チェックは完璧じゃん」
「余計なお世話」
変わらずに進んでいく会話に少女は顔を真っ赤に染めて、目尻に涙を浮かばせた。
けれど生来の気の強さゆえか、もう一度二人に向かって噛み付いて。
「あなたたち・・・・・・っ! 全力を尽くして戦った相手にそういう言い方はないんじゃないの!? 『たいしたことなかった』って・・・・・・みんなに失礼よ! 謝って!!」
「杏!」
少女の後ろからたった今まで対戦していた不動峰の選手の一人が手を伸ばして押さえ込む。
「あぁ、さっき俺と試合した・・・・・・・・・橘、だっけ?」
切原の白けたような声に言われた彼は眉をひそめ、少女はより一層怒りを露にして。
けれどそんな感情も興味なさそうに切原は首をかしげて尋ねる。
「なに、彼女?」
「・・・・・・・・・妹だ」
「ふーん? 彼女フリーだってさ、
「だから余計なお世話だっつーの」
ニヤリと笑う切原に軽く呆れながらが髪をかきあげた。
そしてゆっくりと、目の前にいる二人を見据える。
冷ややかな、凍てつくような眼差しで。
腕を組んで、一言。



「立海をなめてんじゃねーよ」



あまりの迫力に、少女はビクッと肩を震わせた。
目の前に立つ二人、と切原赤也。
彼らは周囲を威圧する冷たい空気を持っていた。
それはあたかも、他者を見下すような。
自分たちが勝者なのだと、知らしめるような。
自信に溢れた余裕ある態度で切原は先と同じようにに腕を回し、肩を組んで笑う。
「文句は勝ってから言えよ」
その一言が言える彼らは、間違いなく王者だった。



先輩方と一緒のときや、二人で話しているときとは比べ物にならない冷徹な雰囲気。
それに呑み込まれそうになって、けれど先ほどのチームメイトたちの顔を思い出して歯を食いしばった。
震えそうになる声をどうにか抑えて睨みつける。
「・・・・・・・・・試合に出た選手ならまだしも、あなたに言われたくない」
目の前にいるを強く見上げて。
「うちの選手に勝てるどうか、実力の判らないあなたに言われたくないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
切原が、小さく笑った。
唇を歪めるように、嘲笑。
仕方ないなぁと、そんな感じで。
「―――――なら試してみる?」
興味ありません態勢を貫いているを指差して。
「コイツ、強いよ」
表情を硬くした少女と、あからさまに顔を歪めた少年を見やって、切原は楽しそうに笑う。
が思わず溜息をついた。
「俺はやらねーよ。時間の無駄」
いろいろな意味で取れる言葉も、この場では傲慢としか見えなかった。
絶大な自信に裏づけされた余裕。
立海のテニス部員たちは平然とそれを聞き流し、不動峰の選手たちはサッと顔色を変える。
見下ろす二人は完全なる勝者で。

「「王者立海をなめてんじゃねーよ」」

それは、彼らのすべてに見合った言葉だった。



「こら、おまえたち」
ゴンッという鈍い音が響き、一瞬後にと切原は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」
言葉もなく涙さえ浮かべて、どうにかこうにか自分たちを殴った相手を睨みつけて。
けれど柳はいつもどおりの細い目で溜息をつく。
「ケンカを売るなと言っているだろ。試合会場では大人しくしていろ」
「〜〜〜ケンカなんか売ってないっすよ! 向こうから売ってきたんじゃないっすか!」
「そーっすよ! 俺らは事実を言っただけですっ!」
「それがケンカを売っているんだ」
鉄拳が再度炸裂。
エース二名、負傷。
その間に真田は少女たちの方へと歩み寄って。
「すまなかった。うちの部員が」
「いや・・・・・・事実だ。気にすることはない」
「そう言ってもらえると助かる」
表情の硬いまま答える橘に真田は苦いもの交じりの表情で返して。
立海の2年生エースたちは自分たちが半端じゃない実力を持っているが故に、他者に対して冷酷になる傾向が多々あるのだ。
そしてそれは正論に近いことも多く、その度に相手を傷つける。
けれど彼らは勝者だからそれに気づくことはない。
暴君なまでの力をもって制圧し、畏怖すらも覚えさせ周囲を従わせる実力。
ただ強いだけならまだしも、彼らは時に賢君となり頼れる者として絶対の勝利を見せるから。
チームメイトたちにとっては認めざるを得ない相手。
そう、最強の仲間として。
「二人とも、帰ったらコート掃除」
「「ええええぇぇぇぇぇぇ!!??」」
「問答無用」
罰を言い渡した柳に食って掛かる様子は普通の中学二年生にしか見えないのだけれど。
それでもやはり違うのである。
少女は小さく唇を噛んだ。

「青学と六角ってまだ試合やってんのかな」
「見てく? 手塚さんいないけど」
「あ、やっぱいいや。俺、今日は帰ってドラマの再放送見なきゃだし」
「じゃあ俺も帰るか。赤也、おまえ駅までの道判る?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・バス?」
「柳さーん」



「・・・・・・杏」
ポンと肩に手を置かれて、振り向けば少しだけ悲しそうな兄の姿が見えた。
普通の中学生な彼らが、悔しかった。
もっと、もっと特別すぎるほどに特別な人間だったらよかったのに。
そうしたらきっともっと簡単に負けを認めることが出来ただろうに。
普通すぎる彼らが、悔しい。
「全国であいつらを倒せばいいだろう?」
「・・・・・・・・・」
「俺たちだってまだまだ強くなる」
悔しいのは自分ではない、そう思って顔を上げた。
笑いながら先輩方に道を教えてもらっていると切原を視界に入れて。
背を伸ばして息を吸って、唇の端を上げる。
「次に勝つのは絶対に不動峰なんだから」



それは王者に対する宣戦布告。
勝負はまだまだ終わりを告げない。
王者を引き摺り下ろしてやると決めたのだから。
今は余裕の顔で笑ってるといい。

夏はまだ、始まったばかり。





2003年6月3日