猫ときどき犬、ところにより狼になるでしょう。





ペアー





ズズッと音を立てて味噌汁をすする。
目の前には一見シャム猫だけど実はコリーな犬がこっちをじっと見ていて。
尻尾がパタパタと揺れている。
・・・・・・・・・感想でも言ってやるか。
「・・・・・・しょっぱい」
だから俺は赤味噌じゃなくて白味噌が好きだっつーの。
目の前の限りなく猫に見える犬はブラックホールを背負って落ち込んだ。
あ、でも具が豆腐と油揚げっていうのは合格。俺の好きな具。
こっちの八宝菜は・・・・・・・・・ふむ。
「八宝菜は合格」
パタパタパタパタ
顔を輝かせて犬が嬉しそうに尻尾を振る。
「よかった。さんにこれ以上ダメだしされたらどうしようかと思った」
「俺的に味噌汁は白味噌なんだよ。今あるのが使い終わったら次は白な」
「明日、持って来ようか?」
「いらね。勿体無い」
味噌なんてスーパーの特売日に買えばよし。そのときはコイツも連れてくか。
現役中学生だから体力も有り余ってるだろうしな。
「冷蔵庫にラズベリーパイ入れておいたから、後で食べようね」
「由美子さんが作ってくれたのか? 帰ったら礼言っといてな」
うん、と大人しくうなずく犬。
ニコニコニコニコ笑顔。
俺がこのペットを拾ってもう三年近く経つ。



一見シャム猫のように高級に見えて、実は犬のように構ってもらうのが好きで、ときに狼のように獲物を狙うこのペットは、名を『不二周助』という。
青春学園という恥ずかしいことこの上ない名前の学校に通う中学三年生。
強豪テニス部のレギュラーらしいが、よく知らん。つーか興味ナシ。
三年前、道端に転がっていた動物に気紛れに手を出したのがいけなかったらしい。
以来コイツは俺の傍でゴロゴロと丸まってばかりいる。



「・・・・・・さん」
食器を流しに下げた周助がテクテクと近づいてきた。
俺はといえば明日のレッスンの生徒用の楽譜をパラパラとめくっていて。
「バイエル?」
「ああ。ブルクミュラーもいいけどバイエルも捨てがたいな。この単調さが無駄に面白い」
ま、始めたばかりの子にはピッタリだよ。
さんもやったの?」
「ああ。つまらなくなって半日で辞めたけど」
さんらしいね」
楽しそうに笑って猫のようにフローリングの床に寝転がる。
クッションを一つ投げてやった。

今日のコイツはどことなく暗い。
暗いっつーか疲れてる。
ま、部活で何かあったんだろうな。部長が肘を痛めてて大変とか言ってたし。
コイツはこれでも天才みたいだし?(俺はそれを聞いたとき爆笑したけれど)
色々と思うところもあるんだろう。
だからって目を閉じているときまで眉間に力が入っているのは頂けない。
―――――――――――まったく。
これだからペットが調子に乗るのかもな。

「周助」
茶色の毛並みをすいてやって。
「泊まっていくなら家に電話しろ。そのまま寝るな」
パチ、と目が開いた。
パチパチと瞬きをして。
コイツ・・・・・・半分以上寝てただろ。
「・・・・・・いい、の? 泊まっていって」
「嫌なら帰れ」
「ううん! そんなことないっ」
何度も首を振って周助は照れたように笑った。
「ありがとう・・・・・・さん」
ほら、これだから俺はペットに甘いんだ。

さん、ホラ早く早く」
パフパフとベッドの空きスペースを叩いて犬が鳴く。
「何で俺がおまえと一つのベッドで寝なきゃいけねーんだよ。乱入者はソファー使え、ソファー」
「いいじゃない。さんのベッド、セミダブルなんだし」
「全然よくないね。男と一緒に寝て何が楽しいんだか」
「僕は楽しいよ。さんが相手なら」
「精神病院のベッドで寝て来い」
昼は犬で夜は狼に変身かよ。・・・・・・・・・やっぱり甘やかさなけりゃよかった。
「大丈夫。何もしないから」
「・・・・・・何かされて堪るかっつーの。7つも年下で自分よりもチビな男とヤるほど女には困ってねーんだよ」
「あと3年も経てば背は伸びるよ」
「年の差は変わらんな」
言葉の応酬にもいい加減飽きた。
狭いけどベッドにもぐり込んで。
「朝練に遅刻すんなよ」
したら一週間出入り禁止な。
「うん。・・・・・・ありがとう、さん」
布団の中で周助の指が俺の指に触れた。
電気を消した室内は真っ暗で互いの顔は見えなかったけれど。
ギュッと握りこまれた手に小さく笑って。
「おやすみ、周助」
「おやすみ・・・さん」
しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきて、俺もそっと目を閉じた。



ペットは俺の傍に来ては丸くなって擦り寄って、邪険にすればちょっと寂しそうな顔をする。
骨を投げれば取ってくるし、遊んで欲しいときは尻尾を振る。
・・・・・・・・・俺、別に動物好きってわけじゃないんだけど。
そんな呟きも気にせずに、明日も犬は俺の傍に来るのであった。





2002年11月23日