「おまえが、犬飼冥?」
今日も精一杯部活を終え、疲れた身体を引きずって校門を出ようとしたとき、呼び止められて犬飼は反射的に足を止めた。
隣を歩いていた辰羅川も、共に下校しようとしていた猿野や兎丸ら同じ一年生野球部員らも釣られて立ち止まる。
見れば夕暮れをとうに迎えて街灯が明かりを灯している中、校門に背を預けて一人の男子生徒が立っていた。
その姿を見て辰羅川は「おや?」と眼鏡を押し上げる。
司馬と同じくらいの身長をした男子生徒のすらりとした体躯を包んでいるのは、十二支のものではない制服だったからだ。
今時珍しく染めていない髪は、黒く艶やかなあまり碧がかって神秘的な色合いを帯びている。
男にしては肌理細かな肌は、犬飼のように浅黒くなく、けれど病的でもない吸い付くような白。
頭の大きさから首の太さ、筋肉のつき方から爪一つの形まで、すべてが計算されつくしたかのように美しく象られた姿態。
そして何より目を引いたのは、男子生徒の顔だった。
十二支で怪しいファンクラブまで作られている犬飼。彼を隣に並ばせても全く遜色のない、むしろ彼より秀でる造形が、そこにはあったのだ。
眉は太くも細くもなく、瞼を伏せれば睫が頬に影を作り、高すぎない鼻はすっと形よく、唇は自然な紅。
そして瞳はあたかも黒曜石のように清んでいて、惹き込まれそうなほどに輝いている。
呼び止められた犬飼も他の面々らも、男子生徒のあまりの美しさに言葉を失くした。
目元をすっと細めるかすかな仕種さえ、周囲にあまりある感嘆の吐息を吐かせるに十分足る。
薄く開いた唇は扇情的で、鼓膜を蜜で溶かすかのように甘い響きを持った声が静かに零れる。

「―――っんだよこれじゃ俺の方が男前に決まってんじゃねーか! なのに何でこんな奴気に入ってんだよ――――――紅印さんはっ!」

放たれたのは一介の男子生徒が発するに相応しい程度の言葉遣い。
けれどそれらは聞いた方にとって、大惨事もかくやというほどの衝撃を与えた。
世界規模の、いや、宇宙規模の美形は、外見と中身がイコールで繋がれていなかったのだ。





World is not enough!





「俺は。セブンブリッジ学院高等部一年。きのこドミグラスハンバーグオーブン焼きと具だくさん魚介のクリームシチュー、季節野菜のガーデンサラダにオムライスプレート。でもってデザートに抹茶セサミケーキ黒蜜がけとモンブランパフェ」
名前と注文を一口に述べ、世紀の美少年はメニューをぽいっと放った。
それだけの動作でさえファミリーレストラン中の視線を集めて万人の行動を止めさせる。
けれどその美しい顔をただ一人に向けて、あろうことか彼は優雅に微笑んで見せた。
「サービスで全部大盛りにして? よろしく、お姉さん」
天使の、ヴィーナスの、女神の微笑に逆らえる者はない。
一瞬でも独り占めすることを許されたウェイトレスはしばらく硬直していた後で感極まったように涙を浮かべ、何度も何度も頷きながらオーダーを伝えに行く。
そんな彼女の後ろ姿を見送ることもなく、はパッと視線を戻した。
瞳を向けられることで、同じテーブルについている彼らは一斉に緊張する。
「おまえらの自己紹介はいいや。いろいろ聞いてるし。さっきも確認したけど、おまえが犬飼冥」
その部位だけでも彫刻になりそうな指で、は自分の向かいに座っている犬飼を指差す。
そんな無礼も不思議と不快に感じられないのだから、美形というのは素晴らしい。
「辰羅川、てんごく、子津」
犬飼の隣を順々に指で示し、言い当てていく。
猿野のときは何故か彼の本名ではなかったが、その理由はの校名からして何となく察しがついた。
「兎丸、司馬」
今度は自分が座っているのと同じ側の座席を、遠い方から指していく。
隣に座る青髪の男を言い当てると、は言葉を切り、最後に呼んだ司馬の顔をじっと見つめる。
ファミレスで隣の席というあまりにも近くにいすぎる美の化身。
しかもその彼に至近距離から視線を注がれて、司馬は瞬時に顔色を真っ赤に染め上げた。
サングラスの下の目が突然の事態に潤みかけたとき、それを知ってか知らずかが動きを再開する。
「「「「「「!」」」」」」
「―――チッ! おまえの顔も紅印さん好みだ」
それだけ確認すると、は奪い取ったサングラスを再び司馬の顔に戻した。
心の準備もなく突然行われた行為に、と司馬以外の面々はものすごく驚いた。
あの司馬のサングラスが外されたのだ。いつも部活で時間を共にしている司馬の、重大なミステリアスである素顔。
それが今晒されたのだが、如何せんあまりにも突然過ぎたために、誰一人とてしっかりと見ることは出来なかった。
何の前触れもなくカラーになった視界に司馬は硬直し、戻ってきたモノクロの世界にようやく何をされたかを悟る。
声なき声で絶叫を上げ、両手でがっしりとサングラスを押さえ、狭い席をザーッと後退する。
その所為で床に落ちた兎丸を拾い、自分の元いたの隣の席へと押しやった。
傍目には可笑しい行動にしか見えなかったが、司馬にとっては必死の防御なのだ。
まるで初めてのセクハラに怯える女子社員のごとく、席の端っこでふるふると体を震わせている。
「季節野菜のガーデンサラダをお待ちのお客様」
「あ、俺」
先ほどとは違うウェイトレスが運んできたサラダを、はいたって平然と受け取りフォークを手にする。
兎丸は震える司馬の肩を優しく叩き、犬飼たちはテーブルの向かいから気の毒そうな視線を送った。
世紀の美形は本当に、外見と中身の差がありすぎるらしい。
「・・・・・・あー・・・・・・・とりあえず・・・何だ・・・・・・」
仲間からの「話しかけろ」という命令を視線で受け、犬飼がごにょごにょと口篭る。ちなみに理由はの正面にいることと、一番最初に声をかけられたからだ。
大口を開けてブロッコリーに噛み付く姿も、愛らしくて美しい。
その光線にやられて犬飼は思わず言葉を飲み込みかけたが、隣の辰羅川に肘を突かれることでどうにか堪える。
しかし次いで向けられた上目遣いの眼差しには堪えられず、色黒の顔を真っ赤にして沈んだ。
使えなくなった相棒を一瞥し、代わりに辰羅川が口を開く。
「えー・・・・・・君、でしたか」
もぐもぐとトマトを咀嚼している顔を向けられて、辰羅川は一瞬言葉に詰まった。
何をしていても美を損なうことがないのだ。このという人物は。
「あなたは、犬飼君に一体何の御用事だったのですか?」
その言葉に、使い物にならなくなってしまった二名を除き、猿野・子津・兎丸の視線もへ移る。
それぞれが見惚れながら返答を待つと、最後のマッシュルームを飲み込んだがドレッシングで光る唇を震わせる。
「用事は」
「具だくさん魚介のクリームシチューをお待ちのお客様」
「あ、俺。犬飼の顔を見ること。紅印さんが気に入ったって言うから、どれ程の奴かと思って」
また違うウェイトレスによって運ばれてきたシチューを受け取り、空になったサラダの器を返す。
その間も目は辰羅川を捉えていて、器用に手だけがスプーンを探し出して掴む。
「失礼ですが、その『クインサン』とは一体どなたのことなのですか?」
「あれ? この前会ったって言ってたけど? えーと、ほら。てんごくが仏侘さんとやらのバッドでホームラン打った試合の日」
四人は首を傾げる。
『てんごく』というのは、鳥居剣菱が猿野を呼ぶときの呼び名。
仏侘さんとやらは、おそらく試合中も常に数珠を首に下げ、時折念仏を唱えてヒットを量産する十二支野球部三年・蛇神尊のことだろう。
その彼の卒塔婆にも似たバッドで猿野がホームランを打った日に会った人物と言えば。
「―――あぁ、判った! あのオカマさんか!」
ファミレスで話すには些か不謹慎な言葉も、すでにによって注目を集めているので今更どうということもない。
猿野の回答にはスプーンを持っていない左手で、グッと親指を衝きたてた。
「そ。フルネームは中宮紅印。セブンブリッジ学院三年、野球部キャッチャー」
「あー! あのお化粧してる人!?」
「紅印さんのメイクテクはプロ顔負けだぜ? すっげーの、あの人の部屋。化粧品で溢れまくってて、寮だからそこだけまさにアナザーワールド」
「マジ!? 明美進化のために今度教えてもらうか・・・・・・」
「雑誌だけじゃなくて店頭の新作チェックも欠かさねーし、どこの店の美容部員とも1分で打ち解けるぜ」
究極の美を象った容姿をし、けれど男子高校生らしい言葉遣いで、同じ高校の先輩(男)の化粧に懸ける意気込みについて語る。
そんなの様子はある意味とても不思議なものだったが、すべては彼自身の持つ美しさがカバーしていた。
話題が不可思議なことでようやく慣れてきたのか、猿野と兎丸はどんどんに話しかけていく。
君は野球部じゃないの?」
「あー俺は違う。野球部に入ったら肌が荒れるから止めろって言われた」
「誰にだよ?」
「紅印さん。それと事務所の人にも」
「事務所って、やっぱり芸能人の事務所!?」
「そりゃそうだろ、ズバガキ! これでヤーさんの事務所だったら俺は泣く!」
「芸能人じゃなくてモデル事務所。話す仕事はすんなって紅印さんに言われたから」
「「あー、それ判る」」
「うわ、何かムカつく」
話している間に、具だくさん魚介のクリームシチューは皿だけを残して姿を消した。
「オムレイスプレートをお待ちのお客様」
「あ、俺」
今度はウェイターによって運ばれてきた。
毎回違う人物が運んでくるのは、おそらくを見るためだろうと辰羅川は予想を立てる。
サラダといいシチューといいオムライスといい、どれも大盛り以上の特盛り。
皿からあふれんばかりのサービスは、やはりの美が成せる業なのだろう。
だけどこの量がの細い身体に吸収され、果たしてどう消化されていくのか。それだけが辰羅川は判らない。
君、一口ちょうだい!」
「いいぜ。だけど一口な」
君、明美にも一杯ちょうだい★」
「ぜってーやらねー」
なんだか仲良くなっているっす、と子津は思わず笑顔を浮かべてしまった。
自分はまだの完全な美に恐れ多くなってしまうけれど、どうやら兎丸と猿野は違ったらしい。
じゃれあっている三人はどこにでもいる高校生のように見えた。
・・・・・・・・・が美しくさえなければだが。
「でさー、紅印さんが『十二支の犬飼君って可愛いわぁ。まだ成長途中なところが魅力ね』とか言ってたから見に来たんだけど」
そう言って、はちらりと犬飼を見る。
「・・・・・・これなら、俺の方がかっこいいよな?」
自意識過剰な発言もならば嫌味ではない。むしろ謙遜した方が彼の場合は嫌味かもしれない。
「当たり前に決まってんだろ! コゲ犬なんかよりおまえの方が一億倍はいい男だぜ!」
「僕もそう思うー! 君の方が絶対キレイだよ!」
「僭越ながら私もそう思いますね」
犬飼の親友でもある辰羅川にも太鼓判を押され、は頬を緩める。
美しさを前面に押し出していた美貌が和らぎ、ゆっくりと愛らしい、可愛らしさを帯びたものに変化していく。
それは蕾が花開いていくのを見守るような高揚感を周囲に与え、ファミレス全体に固唾を飲ませた。
歳相応の照れた笑顔の愛らしさに、誰もが心中で歓声をあげる。
「サンキュ」
その笑顔と言葉だけで、彼らにとってはお釣りが有り余るほどだ。
前三品よりもさらに山盛りに盛られたきのこドミグラスハンバーグオーブン焼きが運ばれてきて、今度はフォークとナイフを手に取る。
切って口へ運ぶ動作はスピードが落ちておらず、はもぐもぐとハンバーグを食べつつ喋る。
「だけどさぁ、紅印さんは『犬飼君って可愛い』とか言うわけ。だから俺としては一応チェックしとかなきゃなーと思って」
「お、やっぱ『俺より美しい奴は許せねぇ』ってやつか?」
「まぁ、それもなくはねーけど」
あっという間に空になった器に、役目を果たしたフォークとナイフを置く。
唇の端についたドミグラスソースを赤い舌がぺろりと拭う。
何気ない仕種なのに、それは劣情を誘う色艶を感じさせる。
うっすらと紅を帯びていく頬は至上の眼福であり、この美を前にして性別など無用。
戸惑うように照れるように視線を彷徨わせる様はいじらしく、かすかに開いた唇に誰もが見惚れた。
「それに・・・・・・俺」
悩ましげな吐息がファミレスに流れる。

「・・・・・・紅印さんのためだけに―――・・・・・・・・・」
「あら、じゃない。こんなところで何してるの?」

世紀の美形の告白は、どこからともなく現れた低い男の声のオネエサン言葉によって遮られた。
バッと勢いよくが顔を上げ、つられるようにして猿野たちも顔を上げる。
まるで美術館のようにという芸術を飾っていたファミレス店内に、いつの間にか新たに二人の客が入ってきていたのだ。
そのうちの一人を見て猿野が思わず立ち上がる。
「剣菱さん!」
「や、てんごく君。びみょ〜に久しぶり?」
「え、や、う・・・・・・お久しぶりっす」
本来ならばライバル宣言をしている相手なのだが、想い人である鳥居凪の兄ということもあり失礼な態度は取れない。
それを歯痒く思いながらも、笑顔を浮かべている剣菱にとりあえず猿野は会釈をした。
「ど、どうしたんすか? こんなとこで」
「ん〜俺たちは練習試合の帰りなんだよね。窓からびみょ〜にの姿が見えたから来てみたんだ〜」
ほら、と指差された方を振り向くと、ファミレスの窓ガラスの向こうに見たことのある姿がいくつか見える。
中華やらビジュアル系やら巨大ロボットやら。
以前に意気投合した王桃食がぶんぶんと手を振っているのに兎丸も応える。
けれど後ろからポンッと肩に手を置かれて何事かと振り返ると、化粧を施した男の顔が視界に入る。
「ごめんなさい、ちょっといいかしら?」
「え、あ、うん」
ぴょんっと退くと、良い子良い子と頭をなでられる。
そういえばいつの間にかいなくなっていた司馬を探してみると、出入り口のレジのところに青い物体が見えた。
物陰に隠れるようにしてふるふると震えている様子に、そんなに怖かったのかなぁ、と兎丸は首を傾げる。
自分にとってはキレイな人と知り合えて、でもって仲良くなれて、イイコトばっかりなのにと思いながら。
どうやら世紀の美貌であるのサングラス奪取は、司馬にとってかついてない恐怖体験だったらしい。
しかしそんなも、今は美しい顔をかすかに青褪めさせていた。
紅印の目が彼を一瞥し、テーブルへ走る。
空になったハンバーグの皿と、フォークやナイフらが納められている箱。そしてドリンクバーのグラス。
すべてを目を細めて見回した後で、再びへと向けられる。
びくり、との身体が震えた。
伸ばされる両手に彼らを見守っていた人々がごくりと喉を鳴らす。
緊張感が広がる中、ルージュを引いた紅印の唇が戦慄いた。

「あぁもういつも言ってるでしょ!? 食べるときはちゃんとカロリー計算して食べなさい! あんまり脂っこいものばかり食べてたら珠のお肌が荒れちゃうじゃないの! まさかデザートなんて頼んでないでしょうね!? いくらアナタが太らない体質だからって油断しちゃダメなのよ! 判ってる!?」

キャッチャーをしている大きな手でがしっと顔を掴まれ、矢継ぎ早にそうお説教される。
剣菱が小さく苦笑し、周囲が目を点にしている中でも同じように黒い瞳を瞬いた。
けれどすぐに我に返り、カッと頬を赤く染めて暴れだす。
「―――っんだよ放せ!」
「野菜はしっかり摂ったの!? ドレッシングは和風よ? マヨネーズは出来るだけ避けるのよ!?」
「それくらい知ってるっ!」
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあと、まるで母と子のような遣り取りが続く。
一転した状況に慣れている剣菱は、楽しそうに笑いながら説明した。
「中宮はびみょ〜にの世話焼きが好きなんだよ。だからぜんぜん気にしないで〜」
「はぁ・・・・・・」
頷きつつ、喧々囂々の二人を眺める。
すらりとした体躯を持つは決して筋肉がないというわけではないが、如何せん野球で鍛えている紅印に勝てるはずがない。
しっかり顔を掴まれた手は外すことが出来ず、ぺたぺたと化粧のパッティングよろしく触れてくる手にますますの頬が赤く染まる。
乱暴に振られる拳をことごとく避ける紅印を、辰羅川は尊敬の眼差しで見つめた。
「大体、アナタどうしてこんなところにいるの? 今週末は雑誌の撮影なんだから睡眠不足は絶対ダメって言ったはずよね?」
「そうだよっ! だけど仕方ないだろ! 犬飼冥を見たかったんだからっ!」
「犬飼君を? あら、どうして?」
きょとんとした紅印に、はぐっと言葉に詰まる。
そんな様子はとても愛らしいものだったが、紅印は探るべく向かいの席に座っている犬飼に目を移す。
だが何故か幸福そうに昇天している様子の彼を見て首を傾げた。
理由を聞くべく再びに向かい合おうとしたとき。
「・・・・・・紅印さんが悪いんだろっ!」
至高の美貌を真っ赤に染めて、少年らしく強気な目線で相手を睨んで。
はまるで噛みつくように言い放った。

「俺がいるのに他の奴をかっこいいなんて言う紅印さんが悪いんだっ!」

子供のような我侭。けれどそれはが言うだけで抜群の破壊力を他に示す。
美しい顔を朱に染めて、それでもまっすぐに相手を睨みつける艶やかな姿にファミレスにいた誰もが歓喜した。
こんな素晴らしい芸術を作りたもうてくれてありがとう! と雲上の神に向かって感謝を送る。
清んだ眼差しを間近で向けられた紅印は一瞬驚いて、次の瞬間には柔らかな微笑を浮かべた。
顔を掴んでいた手から力を抜いて、そっと壊れ物を扱うかのように優しく包む。
「・・・・・・馬鹿な子ね」
そっと額に落とされるキスは慈愛に満ちていた。
はぱちくりと目を瞬く。
「犬飼君への気持ちなんてミーハーなものに決まってるでしょ? アナタ以上に魅力的な男なんていないわよ」
頬にもキスを落とされる。
は不貞腐れたように唇を尖らせるが、それも愛らしさに拍車をかけるだけでしかない。
「・・・・・・でも、ナンパしたって雀さんが言ってた」
「それはキャッチャーとして。いい投手のボールを受けてみたいと思うのは当然でしょ?」
「でも華武の御柳芭唐ってのも好みだって言ってたって雀さんが」
ぴくり、と犬飼が反応を示さないでもなかったが、とりあえず話の成り行きを邪魔するほどでもなさそうなので、辰羅川は放置し続ける。
紅印は文句を囁き続けるに苦笑に近い笑みを向けた。
「アナタこそずいぶん雀と仲がいいみたいじゃない? 妬けちゃうわ、アタシ」
「・・・・・・俺は別に」
「はいはい、判ったわよ」
くすくすと笑いを漏らしながら紅印は腕を伸ばしてを抱きしめる。
黄色い声がギャラリーの間で小さく起こったが、そんなものを気に留める人間はいなかった。
抱擁を受けては悔しそうに目を細くする。
それすらもお見通しのように微笑み、紅印はそっと囁いた。

「安心なさい。アタシの一番はよ。今までも――――――これからも、ずっとね」

紅印が何を言ったかは小さな声のあまり周囲には聞こえなかった。
けれど本日最も美しい表情でが笑ったので、何でもいいやと彼らは思うのだった。



ひらひらと手を振って、セブンブリッジ一行は夜道を寮へと帰っていく。
バイバーイと兎丸と猿野は手を振り、辰羅川と子津も控えめに片手を挙げて見送る。
犬飼はまだ沈んだまま。司馬は視界にを入れることさえ恐ろしいらしく窓に背を向け続けた。
テーブルの上には紅印によってストップがかけられたため、の胃に入ることのなかったデザートが二品。
その片方のモンブランパフェを手にしつつ、兎丸はいたって明るく普通に述べた。

「つまり、君はあのオカマさんが大好きってことだよね!」

そう、つまりはそういうことなのです。





→ でも実際は。
2004年11月21日