思えば、アレが悪かったんだろう。

Es ist das Mädchen reizend, Ich und bin nicht der Tee, der zusammen mit Kaffee und Bienenstich getan wird?」

そう言って頬にキスを一つ。
きっと、この時点でアイツを止められなかったことがいけなかったんだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・多分。





ロマンティスト・エゴイスト





「やぁ、おはようカーチャ。今日も可愛えなぁ」
「おはよ、ユーリア。髪の毛切ったん? その髪型も似合うとるで」
「レテーナ、この間は差し入れおおきに。めっちゃ美味しかったわ」

「やぁ、おはよ燎一。今日も相変わらず無口やな」
「・・・・・・・・・おまえの愛想の良さに辟易しているところだ」
Verblüffen Sie! 燎一もそこまでドイツ語が達者になったとは! これもすべて俺のおかげ?」
「・・・・・・・・・・・・・・もういい」
それだけ言うのが精一杯で、どうにかこうにかアップを始める。
前屈をしていると、背中に適度な重みが加わった。
何だかんだ言いながらも、俺とコイツ、は一緒にいることが多い。
それは同じ日本人という理由だけではなくて。
「なー燎一。今日はイリオンちゃん来ぃへんの?」
ワクワクとした楽しそうな声。
・・・・・・・・・・・・・・こういう、理由からだ。



俺は去年の11月にドイツへと来た。
それは母を忘れられなかった気持ちや、自分にドイツ人の血が流れていることなど、色々な理由からで。
父もそのことを理解してくれて、数人の仲間に見送られてドイツへと来た。
こっちへ来てから俺の初めてしたことといえば、サッカークラブを探すことだった。
風祭と約束したように、もっと強くなるために、クラブへ入ろうと思って。
そして一番最初に訪れたのがバイエルン・ミュンヘンだった。
ドイツのサッカークラブの中でも指折りに強いチーム。
そこで俺の実力が通用するかどうか、試してみたいと強く思った。
運良く入団テストに合格した俺にかけられた声。
「自分、中々やるやん。えぇ足しとるわ」
ここは大阪か、と一瞬思ったくらいだ。

それから俺との付き合いは始まった。
聞いてみれば俺との家はわりと近くで、ということは学校も選択肢が同じなわけで。
何の因果か学年の同じ俺たちはクラスまで同じになってしまった。
まぁ、ドイツ語の拙い俺としてはの存在はとても有り難く、助けてもらう場面も何度かあって。
それを抜かしてもいい奴だから、本当にコイツに出会えてよかったと思う。
だからこそ、どうにかして欲しいと思うのだ。



、おまえなら彼女くらいいくらでも出来るだろう? ・・・・・・・・・なんで、その、うちの妹なんだ?」
「なんでって、イリオンちゃんがめっちゃ可愛ぇからやん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
サラリと言ってのけるは、ドイツ生まれのドイツ育ちだという。
両親が大のドイツ好きで、生まれる前に越してきたんだとか。
そのせいか、はやけにオープンだ。日本人特有のオブラートに包んだ物の言い方をしない。
それがいいんだか、悪いんだか・・・・・・。
(ちなみに関西弁なのはに日本語を教えた両親のせいだ。俺たちの日常会話はドイツ語だが、初対面の印象が強すぎてか、それ以降俺はがドイツ語を喋っても自然と関西弁に訳してしまう)
「だが、さっきもギャラリーに同じようなことを言ってなかったか?」
「アレはアレ。コレはコレ。本命はイリオンちゃんだけやから心配せんといてや、お義兄ちゃん」
「誰がおまえのお義兄ちゃんだ」
「ナイスツッコミ☆ 今度は裏手付きでやってな?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
俺はバイエルンに入って早々、のツッコミ役が決定したらしい。
違うと何度言っても、チームメイトは笑って聞く耳を持たなかった。(それは今でもだ)



は、バイエルンには欠かせない選手の一人だ。
MFとしての奴はドイツ中で有名だし、下手すれば隣のフランスにもその声は伝わっているだろう。
左サイドを駆け上がっていくスピードは目を見張るほどだし、センタリングは絶妙で正確。
特に一対一では負けたことがない。どんな相手でも必ず突破してチャンスを作る。
かといってディフェンスが弱いわけでもなく、スタミナがよく続くものだと感心せざるを得なくって。
ゲームを組み立てるのではなく、ゲームを動かすような、そんなプレイヤー。
の名は、バイエルンのスタメンの座を不動のものにしているくらいだ。
同じサッカー選手としては尊敬する。一緒のチームでプレーできて良かったと思う。
――――――――――だが。
初対面で人の妹を口説くのはどうかと思うぞ。



「お兄ちゃん、今日は試合でしょ!? 遅刻しちゃうよ?」
パタパタと近づいてくる妹の髪を撫でながら、コーヒーを飲み干して。
気合を入れてダイニングの席を立つ。
今日はスタメンでいくと監督から言われている。
このチャンスをものにしないと、上には上がれない。ドイツでのサッカーは甘いものではないのだから。
「イリオンは今日は観に来るのか?」
「モチロン! お母さんと一緒に行くからね、頑張ってねお兄ちゃん!」
「あぁ」
もう一度髪を撫でてバッグを持った。
やはり試合のときはいつもと違う。空気から、何もかも。
靴を履いていると、イリオンが何やら後ろでブツブツと呟いていて。
不思議に思って振り返ると、小さな妹は俺を見上げて口を開いた。
「頑張ってや、お兄ちゃん! うち、めっちゃ応援しとるから!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何、だっ、て?

「え、あれ? 今の何か変だった? 上手く言えてなかった?」
オロオロと慌てるイリオン。
俺はというと、真っ白な状態なので何も言えるはずもなく。
廊下の奥でクスクスと笑っている母が見えるだけ。
「いいえ、イリオン。ちゃんと言えてたわよ」
「本当っ!? 、喜んでくれるかな?」
「ええ、きっとね」
穏やかに微笑む母と、頬を染めて喜ぶ妹。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
これは、
やはり、
なにか、
そういうことなのか?

「頑張ってや、お兄ちゃん!」

妹の可愛らしい応援を受けて、俺はフィールドへと旅立った。
今日は点が取れない予感がする・・・・・・・・・。
予感だけで終わればよいのだが、何やら胸騒ぎさえしてきた気が・・・・・・・・・。





けれど結局その試合で俺はのセンタリングによってゴールを決めることが出来た。
その代わり試合後の妹とのやり取りに口を挟むことは出来ないのであった。





2003年3月30日