今日もボクは囚われのプリンセスのように司令室に閉じ込められてハンコをパコパコと押していた。
「リーバーくーん・・・・・・いい加減休みたいよー・・・!」
「そんなこと言ってないで、こっちにもハンコ下さいよ。もうそろそろ探索部隊が帰ってきますから、更に仕事増えますよ?」
「もーやだー! ボクもフランスやイタリアでバカンスしたいー!」
「俺だってしたいっすよ・・・・・・」
そんな会話をしていても、ボクたち科学班は教団本部から出られないし、出たら役立たずだ。
こんなことならエクソシストになれば良かったなぁ。(適合者じゃなければなれないけれど)
そうすればリナリーの感じることも少しは判るだろうし、守ってあげられるのに。
そんなことを考えながらぼんやりとハンコを押していると、ドアがものすごい勢いで開いた。
現れたのは白いフード付きのコートを着た、赤い髪の少年。
「おや、君。久しぶり」
「約半年ぶり、コムイさん! リナリーは!?」
「リナリーなら今は資料室」
答えてあげると、がっくりと肩を降ろす。
少し見ていない間に背が伸びたみたいだけど、そんな仕種は前と変わらなくて思わず笑ってしまった。
怪訝そうに顔を上げた彼に、ボクはもう一度声をかける。

「おかえり、君」
「・・・・・・ただいま」

もしかしたらエクソシストよりも生還率の低い探索部隊。
その一人である少年は、元気な姿で照れくさそうに笑い返してくれた。





純愛ラプソティ





「はい、これが今回の報告書」
手渡されたのは分厚い束で、また読まなきゃいけない紙が増えたかと思うと、その分やる気が減っていく・・・・・・。
「南アフリカのやつと、地中海のやつ」
「どう? イノセンスだったかい?」
「さぁ? それを分析するのは科学班の仕事だよ。俺たちは見つけて調べてくるだけで、考えるのは範疇外」
椅子に座って足をぶらつかせる彼は名を君といって、リナリーと同じ年の少年だ。
若いけれど探索部隊としては優秀で、今のところ与えられた任務をこなせなかったことはない。
それはきっと、この割り切りから来てるのかもしれないなぁ、とボクは思う。
調べてみた怪奇現象が実際にイノセンスで、もしその場でアクマと鉢合わせしたら、まず探索部隊は勝つことが出来ない。
だからギリギリのとことを見極めて、情報を失わずに教団本部へ持ち帰ってくる。
その点で、この子はとても優秀な探索部隊だ。
「それでコムイさん、リナリーは?」
「さっきも言ったけど資料室だよ。リナリーに何か用?」
「・・・・・・・・・ちょっと聞きたいことがあってさ」
眉間に皺を寄せている様子に、ボクは思わず首を傾げた。
君は傍から見ていてもよく判るほどリナリーのことを好いているから、滅多にこんな顔をすることはないのに。
あ、でも好いていることを認めていても、ボクはリナリーを嫁に出す気はないからね!
それとボクに断りもなくリナリーに告白するだなんてのも許さないよ! 断じて!
「コムイさんでもいいや。・・・・・・あのさ、教団に新しいヤツが入ったんだって?」
椅子をがたがたと近づけてきて、まるで内緒話をするかのように君が耳元に打ち明ける。
「新しい子?」
思い浮かべてみるけど、すぐには見つからない。
小首を傾げると、彼は怪訝そうに藍色の目を平たくした。
「エクソシストって聞いたけど。門番にアウト食らったって」
「あぁ、アレン君のこと」
そうか、そういえばアレン君も新人だったっけ。なんだか仕事をたくさんしてもらってるから忘れてた。
「アレンっていうんだ」
噛み締めるように、君は呟く。
・・・・・・・・何か怨念込めてない?
「アレン君がどうかしたの?」
尋ねてみれば、机の向こうで君はじっと床を睨んでいる。
バキッとか何とか聞こえて気がするけど、まさか通信機とか壊してないよね?
「・・・・・・・・・そいつと」
「アレン君と?」
「・・・・・・・・・・・・リナリーが」
「リナリーが?」
「・・・・・・・・・」
また黙ってしまった君の顔を覗き込むように身を乗り出す。
俯いている彼は今にも泣き出しそうに眉をハの字にしていて、沈黙の末に、口を開く。
「―――付き」
「ただいま、兄さん。資料持って来たよ」
「あぁ、ありがとう、リナリー」
小さな声は戻ってきたリナリーの声に消されてしまった。
君が勢いよく椅子から立ち上がって後ろを振り向く。
そんな彼に気づいて、リナリーは笑いかけた。
「おかえり、君。久しぶり」
「・・・・・・・た、ただいまっ! リナリー!」
後ろから見ていても判るくらいに君の顔は真っ赤。うーん何とも判り安い。
彼はリナリーを前にするとものすごく緊張してしまうらしく、こんな初心な子を虐めるのはボクとしても心が痛んでしまうわけで。
まぁ想っているだけなら見逃してもいいかなー、なんて考えていたら。
「リナリー! この本もこっちでいいんですか?」
「あ、ありがとう、アレン君」
新たな人物の登場に、ピシッと司令室の空気が凍る。
それに気づいたのは、さっきから書類の整理をしていたリーバー君と、大量の本を抱えて司令室に入ってきたばかりのアレン君。
根源の君はというと今にも呪いそうな眼差しでアレン君を睨んでいて。
何だか・・・・・・・・・大戦勃発の予感?
・・・・・・面白くなりそうだ。

アレン君はエクソシストで、辛い過去を背負っているけれど優しい良い子。
君は探索部隊で、様々な出来事を乗り越えてきた強い良い子。
そして言うまでもなく我が妹のリナリーは可愛くて優しくて強い良い子!
そんな三人が今、向かい合っている。
正確に言えば君がアレン君を睨んでいて、リナリーは一触即発の雰囲気に気づかないで立っている。
「俺は探索部隊の。おまえがアレン?」
お、君から先制攻撃。とは言ってもアレン君は事情がわからなくて焦ってるけど。
「あ、はい。アレン・ウォーカーです。よろしく」
「よろしく」
君は左手を差し出した。右手は挨拶の握手で、左手は敵への握手。
アレン君の左手は対アクマ武器だから、彼が差し出すべきかどうか悩んでいるうちに、君は強引にその左手を取ってシェイクする。
一瞬だけ目を丸くしてから、アレン君は嬉しそうに笑った。
うーん・・・・・・・・・だけど喜ぶシチュエーションじゃないと思うんだよね、ボクは。
案の定君は目を吊り上げてアレン君を睨み、少し沈黙した後で繋いだままの手を思い切り引っ張った。
肩を組んでひそひそと内緒話。もちろん聞き逃したくないから、ボクはいそいそと二人に近づく。
「あの、?」
不思議がるアレン君を尻目に、君はリナリーに声が聞こえないのを確認してから、さらに小さな声で問いかける。
「なぁ、アレン」
「何ですか?」
「おまえ・・・・・・・・・その」
「その?」
言いよどんで、君は口を噤む。
けれど決意したように顔を強張らせて、小声で言った。



「リナリーと付き合ってるって、本当か?」
「え」
「な、なんだって――――――っ!!」



思わず叫んでしまったらアレン君と君がシンクロして振り向いた。
でも今はそんなことよりも!
「リ、リリリリリリリナリー!」
「な、何? 兄さん」
振り向いてリナリーの肩をしっかり掴む。
あぁ、リナリーはまだこんなに小さいのに! それなのにまさか!
「リナリー! アレン君と付き合ってるって本当かい!? まさかそんな!」
それが事実だったらボクは涙の余り溶けて流されてしまうよ・・・・・・!
まさかそんな、リナリーが、ボクの妹が、ボクに黙って、誰かとそんな・・・・・・!
「私とアレン君?」
きょとんと目を瞬いて、リナリーは笑った。
「付き合ってないよ。私とアレン君は友達」
ね? とリナリーが尋ねると、アレン君も同じようににこっと笑った。
・・・・・・・・・うん、これは友情の笑顔!
「ほーらみろ、君! そんな噂はデマだよ、デマ!」
「コムイさん、ものすごく嬉しそうですよ」
「嬉しいに決まってるじゃないか! ボクに黙ってリナリーを口説こうなんて百年早い!」
アレン君が苦笑する。
君はそんな彼の隣で、力が抜けたように床に座り込んでいた。
それにしてもそんな噂が出回ってるなんて知らなかった。探索部隊中心なのかな? ちゃんと消しておかないと。
ボクの可愛いリナリーに変な虫がついたりしたら困るからね!
「―――じゃ、じゃあっ!」
君が立ち上がる。リナリーの前に進み出るけれど、その顔はやっぱり真っ赤。
色白の肌が赤くなって、髪の色に近くなる。そんな君は白いコートのポケットから何かを取り出して、リナリーに差し出した。
あれは・・・・・・映画のチケット!?
「あ、ああああああああああの!」
「何? 君」
あぁ、リナリー駄目だよ! そんなに可愛く笑ったりしたら!
「も、もももももももももし、もし!」
「?」
駄目だよ、リナリー! そんなに可愛く首を傾げたりしたら!
「こ、ここここ今度の、にににににに日、日曜!」
「うん」
っていうか君はどもりすぎ! ほらちゃんと息を吸って!
「ひ、ひひひひひひひひひっ、ひひひひひひひ」
「?」
落ち着いて、君! 息を吸ったら吐いて!
「ひ、ひひひ暇、暇だった、ら!」
「うん」
うん、あと一息!
「おおおおおおお、俺と、い、いいいいいい一緒に!」
「うん」
よし後一言! いけ、いくんだ君!
GOGO止まるな! さぁノンストップで最後まで!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
真っ赤な顔で、君は息を吸って、思いのたけを叫ぶ。



「え、えええええ映画にいいいい、いい行かないか!? ―――――あ、アレン!!」



ぐるんと身体の向きを90度回転して、チケットはそのままアレン君の手の中に。
「・・・・・・・・・え?」
ボクと同じで息を呑みながらこの場の成り行きを見守っていたのに、何故かいきなり名前を呼ばれてアレン君は驚いている。
リナリーは仲良く映画のチケットを持つことになってしまった二人に、にこにこと笑う。
「うん、二人で行ってきたら? 年の近い友達ってここでは出来難いし、二人とも仲良くなれるといいね」
・・・・・・・・・・あぁ、リナリーの悪気のない言葉が君に突き刺さってるよ・・・・・・。
探索部隊の白いコートがやけに悲しく見えてくる。
哀愁漂う背中に、ボクもホロリ。
リナリーに恋して以来、君42回目の敗北。



リナリーが用事があるからと言って部屋に戻ってしまうと、司令室は一気にどんよりと暗くなってしまった。
原因はもちろん君で、彼は床に散らばった書類の波の中を、まるでクラゲのように力なく漂っている。
「・・・・・・・・・、元気出して下さい。次はきっと上手くいきますから」
さっきの遣り取りだけで二人の関係を悟ったのか、アレン君が優しく優しく君の肩を叩いた。
うん、そうなんだよね。君はいつもこんな風に失敗してるから、ボクとしてもついつい応援したくなっちゃうんだよ。
あぁでもリナリーをお嫁に出すことだけはしないからね、ボクは!
「何ならこの映画、僕は任務が入って行けなくなったってことにしてもいいですし。ね?」
「・・・・・・・・・いや・・・それは、もう、諦める。リナリーはまた今度誘うから・・・・・・」
がっくりと肩を落としている君は、優秀なために仕事に出ずっぱりで、年に二・三回しか教団に帰って来れない。
その度にあの手この手でリナリーを誘おうと頑張るんだけど、今まで上手く誘えた試しが一度もない。
奇怪現象が相手なら大丈夫なのにねぇ・・・。その緊張性は、本当に可哀想になってくるよ。
「じゃあこの映画の後は愚痴でも何でも付き合いますよ。僕じゃあまり力になれないかもしれませんけれど、相談にも乗りますから」
「・・・アレン・・・・・・おまえ、いいやつだなぁ」
「いいんですよ。僕こそと友達になれて嬉しいんですから」
自分を励ましてくれるアレン君の優しさに打たれた君と、自分の手を気にすることなく握ってくれた君の強さに打たれたアレン君と。
男の友情、ここに誕生! うんうん、青春って感じだね。
君たちの友愛が長く続くことを祈ってるよ!



死と隣り合わせの探索部隊と、アクマと隣り合わせのエクソシスト。
思い使命を背負っている彼らが、どうかいつまでもこうして元気で過ごしていけますように。
君とアレン君の笑顔を見ながら、ボクはそう願った。

あ、だからと言ってリナリーは絶対にお嫁に出さないからね!





→おまけ
2005年1月10日