ホワイトデー交響曲





少女は、道の途中、午後三時の川原に少年の姿を見つけました。
漆黒の隊服の身体を丸くして、腕に顔をうずめている少年は、とても小さく見えました。
小さな子供が笑い声を上げて駆けていくのとすれ違いながら、少女は近づき、少年の隣に座ります。
見上げれば青い空。対岸には梅の花が咲いています。
「・・・・・・妙さんが、局長のことどう想ってるかくらい、知ってた」
声は乾いているけれど、泣いてはいません。
少女は川面を見つめました。
「あの人は乱暴そうに見られてるけど、本当は照れ屋な人だから。だから局長のこと、嫌いじゃないって、知ってた」
隊士の声が、言葉が思い起こされて、少年はきつく拳を握りました。
「気づいて欲しいなんて、好きになって欲しいなんて思ってなかった」
悲痛な声が、春先の川辺に響きます。
「好きでいられれば良かったはずなのに・・・・・・・・・っ」



先ほど見た光景が、少年の中でリフレインします。
古びて閉館した道場の前に、立っていた二人。
大きな花束のようなものを渡した上司。
受け取ったそれで、相手の頭を殴り倒したあの人。
上司の身体が地に沈んだとき、一瞬だけ見えたのです。

とてもとても嬉しそうに微笑した、あの人の横顔が。

自分の気持ちは決して報われることがないのだと、少年は気づいてしまったのです。
それと同時に、本当は愛してもらいたいと願っている己自身にも。
あの人が幸せなら、それだけで良かったはずなのに。



「そんなの、好きなら当然のことアル」
川面を見つめたまま少女は言いました。
ぴくりと少年の肩が震えます。
「好きだから好きなって欲しいし、相手が他の奴を見てたらムカつくのが普通ネ。それも感じないなんてどこのエセ聖人君子ヨ」
「・・・・・・でも、相手に迷惑だろ」
そう言ってしまって、少年ははっとしました。
自分があの人を想っているように、少女は自分を想っているのだと告白されているからです。
今更ながらに思い出して、少年は自分を嫌悪しました。
しかし少女はさらりと続けます。
「おまえにないのは姉御に迷惑かける勇気ネ。好きなら当たって殺られるくらいの気持ちでいくアル」
「・・・・・・洒落になんねーぞ、それ」
「そうしたら、骨ぐらいは拾ってやるヨ」
言うが早いか、少女は立ち上がりました。
思わず少年も埋めていた腕から顔を上げて、少女を見上げます。
真っ青な空を背負った少女の顔は、逆行で見えなくて。



「姉御に振られても私がいるから、早く殺られてくるヨロシ」



押し付けるように持っていたプレゼントを渡して、少女は少年に背を向けました。
小さくなっていく後ろ姿と、手の中のプレゼントを見比べて。
少年は唇を噛み締めました。

このチョコレートを食べる間だけ待って。
決着を付ける勇気を、固めるから。

大きなハート型のチョコに、少年は思い切り噛付きました。
「あま・・・・・・」
口の中に広がる甘さは、とてもとてもしつこくて。
頬を流れかけた涙のしょっぱさも、染め上げてくれたのでした。





2005年3月14日