ホワイトデー交響曲





「へい、そこの兄ちゃん。仕事サボってどこ行く気だィ?」
後ろからかけられた声に、少年はびくりと肩を震わせました。
おそるおそる振り向けば、明るい茶の髪をした隊士の姿が。
自分の直属の上司でもあるその人に、少年は頬を引きつらせました。
「・・・・・・沖田さん」
「まさか『オタエサン』とやらのとこに行くわけないよなァ? 近藤さんじゃあるめェ」
「行っちゃ悪いんすか。全面対決しろっつったのはあんたでしょう」
「そりゃあ言ったな。けどチョコ一粒に礼しに行っちゃあ、オタエサンが気にするだろィ」
何で知ってるんだ、と少年は心中で忌々しげに舌打ちしました。
それが表情に出たのか、それとも心を読んだのか、隊士はにやりと唇の片方を吊り上げます。
そうなのです。先月、山崎についてスナック『すまいる』に局長を引き取りに行った少年は、その際に会ったオタエサンからチョコレートを一粒もらったのです。
たかが一粒。されど一粒。
オタエサンにその意味はなくとも、店で客全員に配っているものでも、少年には十分すぎるほどの価値がありました。
本当に、本当に嬉しかったから。だから、せめて。
「まぁ、好きにすりゃいいさ」
知らず唇を噛み締めていた少年は、はじかれるように顔を上げました。
その黒い目を見つめて、隊士は一言だけ、いつものように軽い調子で言いました。
「ホワイトデーは決着の日だしなァ」



胸の中にある、押し潰されるような気持ち。
重く醜いこの気持ちは、あの人を想っている限り続くのでしょう。
気づいて欲しいなんて思いません。好きになって欲しいなんて思いません。
何も願いません。ただ、ただ。
あの人を、好きでいられれば。



どうしようもなくて逃げるように少年は駆けました。
街中を擦り抜け、角を曲がり、あと少し。
最後の道を走りきった瞬間。

目に入ってきた、光景。

隊士の声が頭の中に響きます。
・・・・・・ホワイトデーは、決着の日。





2005年3月14日