十二支高校野球部の表のエースピッチャーを鹿目筒良とするならば(犬飼は反論をしたいだろうが)、当然裏のエースもいるということになる。
彼の人物の名は
野球部一年、センター(希望)の少年だった。





ラブ・ダイヤモンド





「やだ。俺はセンターがいいんですってば」
「だがなー・・・」
羊谷は頭を掻きながら目の前に立つ少年を見上げる。
「おまえどんな球でも投げれんだろ? それなのにセンターなんざ宝の持ち腐れじゃねぇか」
「そんなんどうでもいいっすよ。とにかくピッチャーは嫌です。断固拒否・お断り」
「・・・・・・」
プイッとそっぽを向く様は本当に高校一年の男子なのかと疑いたくなるほど子供っぽい。
身長も兎丸みたいに小さいわけではないし、顔立ちだって幼いわけではないのに、どうしてかこの少年は年齢よりも幼く見られることが多い。
たぶんフワフワとした雰囲気の所為だろうな、と羊谷は思う。
「なんでピッチャーが嫌なんだ?」
半ば投げやりで聞いたのだが、相手も相手で投げやりに答えてくる。
「だって疲れるじゃないっすか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
それは確かに事実なんですが。
「・・・・・・・・・それだけか?」
「後、テレビとかにアップで映るのが嫌っす。変な顔してたりすんのを撮られんのがスゲー嫌」
「・・・・・・・・・」
羊谷は深く深くため息を吐いた。
「おまえ顔はイイんだから問題ねぇだろ・・・」
「ありまくりっすね。それでファンとかいう輩に追い掛け回されたらどうすんすか。女だけならともかく男とかにもストーカーされたりして。うっわー最悪」
「・・・・・・・・・」
やはりため息を一つ。
あぁ野球の神様ってやつはどうしてこんな自己中な子供に天性の才能を与えたりなんかしたのか・・・。
羊谷は心底問いかけたくなった。
けれどそんなのどこ吹く風。
は飄々と言い返す。
「第一ウチにはいいピッチャーが一杯いるじゃないすか。鹿目先輩に一宮先輩、二年は知らんけど一年に犬飼と子津。これだけ揃ってるんだから俺一人いなくったって変わりませんよ」
「だがなぁ・・・・・・」
「とにかく俺はセンター希望なの! ピッチャーなんて絶対やりませんからね!」
ダーッとグラウンドの方へと駆けていく。
その足の速さに感心しながらも、やはりため息を吐いて。
どうしたものかと頭をひねる。



「監督」
バインダーと睨めっこしていたところに声をかけられ上を向くと、そこにはキラキラと光る金髪が。
「・・・ああ、牛尾か」
「また君に断られたみたいですね」
困ったように笑って隣のベンチに腰掛ける。
他の部員たちはバッティング練習の真っ最中。
キーンと金属バット特有の音が鳴っている。
「アイツもなぁ、全く困ったヤローだぜ」
ボリボリと頭を掻く羊谷に牛尾は少しだけ不思議そうに首を傾げる。
「でも君は中学時代にピッチャーをやっていたのでしょう? なぜ突然コンバートを希望したのか、監督は理由をご存知なんですか?」
その問いには沈黙をもって答えとして。
カキーンと一つよい音が響きグラウンドへと目をやると、が嬉しそうに猿野と手を叩き合っている。
どうやらフェンス越えのホームランらしい。
はな・・・・・・」
牛尾の視線が隣へ戻る。
「・・・・・・ピッチャーやってたときにその実力と容姿で騒がれまくって大変だったんだよ。・・・とくに容姿がな。本人は野球をしたいだけなのに周囲が放っとかねぇ。それが嫌で野球を辞めようとしたこともあるって聞いた」
「・・・・・・ッ!」
「だから誰も自分を知る人がいねぇ日本に来たんだ。今度は落ち着いた環境で、思いっきり野球だけをやるためにな」
視線の先にはバットを振る少年の姿。
運動部からは想像も出来ないような繊細な顔立ちは確かに美しいものだけれど。
それがマイナスの要素になってしまった。
羊谷は参ったとでもいうようにドサッとベンチの背に踏ん反り返って。
「それを知ってるコッチとしちゃあ無理強いも出来ねぇしな。・・・・・・ったく面倒なガキだぜ」
プカプカとタバコの煙が輪っかを作る。
けれどその声はどこか楽しそうで。
牛尾も小さく笑みを漏らした。
カキーンとバットの音がする。



部活も終われば一年生はグラウンドのお片づけ。
「なー今日帰りにお好み焼き食ってかん?」
が言うと一番近くにいた猿野が顔を上げる。
「おーいいぜ。じゃあさっさとトンボかけすっか」
「あーくんも兄ちゃんもズルイ! 僕も一緒に行くー!!」
兎丸がものすごいスピードで近づいてきてに抱きつく。
とはいえ10cmくらいしか違わないので抱きつくというよりは抱きしめるという感じだったが。
は別に振り払いもせずに頷いて。
「んじゃあ比乃もな。後は? 一緒にお好み焼き食いに行く人ー!?」
叫んでみれば手を上げたのは4人。
「・・・司馬と犬飼と辰羅川と子津か。結局いつものメンバーだな」
「いいじゃんくん。皆で行けば楽しいし!」
「オッケー。じゃあさっさと終わらして早く行こうぜ!」
テキパキと一年生が片付けるのを部室から出てきた先輩たちは微笑ましく見守って。
、また明日なのだ」
「気をつけて帰る也」
「・・・・・・・・・」
「鹿目先輩、蛇神先輩、三象先輩さようならー!」
大きく手を振ってお別れの合図。
「じゃあNa。明日の朝練に遅れるなYo?」
「同じ一人暮らしじゃけん。今度一緒に夕飯でも食べんね」
「明日は寝坊しないっす、虎鉄先輩! 猪里先輩、今度ぜひ!」
飴玉を渡されてご機嫌にサヨナラ。
そのほかの先輩たちにも笑顔で挨拶をして。
「さーてっと。俺たちも帰りますか」
制服に着替え、バタンとロッカーを閉めて、鞄を肩にかけて。
見れば周りの皆も準備万端。
「それじゃあ牛尾キャプテン、さよーならー」
「さよなら。車に気をつけるんだよ」
「お子様じゃないから大丈夫っす!」
カラカラと笑ってキャプテンにもサヨナラ。
夕日は沈み、あたりはすでに夜模様。
一番星が遠くに光ってる。
「明日も晴れるんかなー」
「降水確率は30%だとニュースでは言っておりましたよ」
「僕のクラスは明日の体育の授業でサッカーをするっす」
「マジか、ソレ。じゃあ俺のクラスでもそうなんだろうな」
と辰羅川と子津と猿野が横に並んで道を歩く。
兎丸はというとの左腕に笑顔で捕まっていて。
犬飼と司馬は黙々とその後をついていく。
これもすべていつもと同じ。



十二支高校野球部の日常なんです。





2002年9月1日