元の17歳の体と自由を手に入れた工藤新一。
彼はそれと共に親友たちも手に入れた。





一つ屋根の下





「ただいま」
大きな家の扉を押し上げながら新一はそう挨拶した。
玄関には靴箱に入ってはおらずに放置されている靴が二足。
一足はグレーに赤と黄色のラインの入ったスニーカーで、もう一足は茶色のスエードのカジュアルシューズ。
今朝方に見た同居人の服装を思い出して、検討をつけた。
「黒羽、。帰ってんのか?」
自分専用の青いスリッパを履いてリビングへと足を進める。
漂ってきたコーヒーの香ばしい匂いにその検討を確信のものとして。
ガラス戸を開けると自分とそっくりの顔をした人物が振り向いて笑った。
「よーお帰り、新一。今日は早いじゃん」
「黒羽こそ。今日は5限まで授業じゃなかったのか?」
「教授の都合で休講。前もって知ってればバイト入れたのにさ」
ポンッと片手で花を咲かせながら、もう片方の手で新一にコーヒーを勧める。
一瞬にして周囲を華やかにさせるマジシャン。
彼の名は黒羽快斗。
二年前、大学に入る直前に父親を殺した組織を壊滅させるまでは『怪盗キッド』を名乗っていた青年である。
今はもうその家業から足を洗ったが、いまだその腕は衰えることを知らないらしい。
は?」
ソファーに座ってコーヒーを飲みかけた新一が、帰っているであろうもう一人の同居人の名を上げる。
それに快斗は地下を指差して笑った。
「お仕事中」
「・・・・・・またかよ」
「なんでもアメリカにいたときの知り合いから依頼が入ったらしくてさ、今漁ってる」
「今日の夕食当番、だろ?」
「そう。でもまぁいいって。暇だから俺が作ってもいいし」
快斗はそう言いながらコーヒーをさらに注いだ。



世間ではお馴染み、大学生探偵の工藤新一。
国民に多大な人気を誇っていた、“元”怪盗キッドの黒羽快斗。
新一と並び名声の高い、大学生探偵の服部平次。
そして、情報収集にかけては右に出る者はいないと裏の世界で言われている、ハッカーの
以上4名が現在工藤邸に同居しているメンバーである。
彼らは殺人事件や黒ずくめの組織など、危険な場所を介して知り合った仲だ。
出会った当初は味方とはとても言えなかったが、なぜか今ここにこうして共に暮らしている。
同じ家で寝食を共にし、同じ大学へと通い、同じテレビを見ては笑う。
このことに関しては新一としては首を傾げざるを得ない。
どうして自分たちはこんなにも親しくなったのだろうか、と。
優秀な名探偵の推理力を持ってしても判らないのである。
今この4人でいることが、自然すぎて。



魚嫌いな快斗が作るため、夕飯の食卓には当然のごとく魚の欠片さえも見当たらなかった。
「黒羽、オメーいい加減に魚くらい平気になれよ」
「うるさい。別にいいじゃん、食べれればなんだって」
「なんだっていいなら魚でもいいだろ?」
「それはよくない」
軽口を叩きながら食卓に器や箸を並べる。これも当然のように4人分。
「平次は?」
「服部ならそろそろ帰ってくるだろ。レポート提出してくるって言ってたし」
「じゃあ新一、呼んできて」
「あぁ、判った」
器に煮物を盛り付けている快斗に命じられて新一はダイニングを出た。
スリッパをパタパタと言わせながら、図書室とも言えるべき書斎へと入っていく。
左から三番目、上から二段目の本棚。そこに並んでいる本を数冊取り出して手を伸ばした。
たしかな感触を感じて、スイッチを入れる。
すると小さな振動が起こって本棚がスライドしながら横へとずれた。
現れた扉を開けて、新一は細く暗い階段を下りていく。
「・・・・・・ここ、電気つけるべきだな」
手探りで一番下まで下りると、目の前の扉を軽く三回ノックした。
「だーれー?」
扉の向こうから聞こえてきた明るめの声に、こちらも少し大きめに返事を返す。
「俺。もうメシ出来るぜ」
「え、マジで?あーじゃあ30秒待って。すぐに終わらせるから」
声が聞こえるや否や、ものすごいスピードでキーボードの叩かれる音が始まる。
それは扉を挟んでいても聞こえてくるくらいで、あまりの速さに新一は目が回りそうだと思った。
そしてキッカリ20秒で、その音は止んだ。
ガチャッとノブを回して、相手が現れる。
階段の上から差し込む書斎のわずかな光の中で、金色の髪が自己主張して輝く。
「お待たせー。何?今日の夕飯は快斗が作ってくれたの?」
「あぁ。オメーが作らねーからな」
「あはは、ごめん。ちょい急ぎの仕事でさ」
明るい笑い声を上げながら地下室の扉を閉める。
ほんの一瞬部屋の中がのぞいて、まるでジャングルのように並び配される機械たちが見えた。
正規のパソコンが数台に自分で改造と改良を加えて作り上げたパソコン、それに何をするのか判断のつかない周辺機器。
それらがすべてコードで結ばれて、の城を形作っている。
本来ならば地下は電波が悪いのだろうが、そこは。新一の与り知らない手腕でその問題も乗り切ったようで。
ゆえに工藤邸にある唯一の地下室は彼の居城となっていた。



「あーいい匂い。夕飯は肉じゃがと見た!」
正解。じゃー夕飯にしよっか」
「って待ちぃや!何自分ら俺のこと抜かして食おうとしとんねん!」
「あぁ、お帰り服部」
「おかえりー」
「お帰り」
「ただいま・・・ってちゃうやろ!」
「いただきまーす。あ、これ美味いよ快斗」
「サンキュ、。我ながらちょっと自信あったんだよなぁ」
「ほら服部、オメーも食おうぜ」
「・・・・・・・・・何で自分らそないに自己中なんや・・・」



のんびりと暮らしている4人。
探偵と元怪盗とハッカーと、色々な肩書きを持つ彼ら。
けれど気が合うのは紛れもない真実だった。





2003年4月29日