ふわふわ。
ぽかぽか。
ぬくぬく。

そんな中で芥川慈郎はとても幸せそうにまどろんでいた。
(実際に彼はとてもとても幸せだった)





彼と彼は優雅な午後に





「・・・・・・ジロ。ジロー」
上から降ってきた声にジローはうっすらとまぶたを開けた。
逆さまに覗き込んでいる顔。
色素の薄い髪の毛に同じ色の瞳。少しだけタレ目のそれは今日は眼鏡に隠されていなくて。
よく知っている人物と似ているけれど、それでも間違いなく別人。
華やかな顔が近くに見えてジローは嬉しそうに笑った。
「・・・・・・
「おやつの時間。ケーキだけど食べる?」
「食べる〜」
「じゃあオキナサイ」
「ん〜」
どうにか体を起こして伸びをするジローには笑って。
その間にの自室にはお手伝いによってケーキと紅茶が運び込まれていた。美味しそうな香りがジローの鼻をくすぐる。
某有名レストランの専属パティシエによるフルーツタルト。
実は跡部はこの店が好きで、このケーキが大好きだということは内緒にしておこう。
「なになになに!? これ食べていーの!?」
「いいよ。オタベ」
「すっげー美味そう! いっただきまーっす!」
フォークを持って喜色満面に顔を染めるジローを見ながら、も微笑んで紅茶を手に取る。
優雅な午後のひととき。



今日は部活もなく、父親たちに押し付けられる仕事もなく、跡部とはのんびりとした一日を過ごす予定だった。
そう、その予定だった。午前十時に携帯電話が鳴り出すまでは。
ソファーに座ってくつろいでいた跡部はその着信にあからさまに顔を不機嫌に歪め、けれどピッと通話ボタンを押した。
そして呼びだされて行ったのだ。テニス部の顧問である榊太郎に会うために。
何でも次の大会に備えて準レギュラーの調整を行いたいらしい。そのために跡部にも出てきてくれないか、と言うのだ。
榊の誘いは半ば強制に近い。
溜息をつきながら跡部は出かけていった。
せっかくの休日を愛する従弟とラブラブして過ごそうと思っていたのに、それを邪魔されて。
何度も何度も溜息をついて振り返りながらも跡部は出かけていったのである。
その数分後、ジローが遊びに来るとは露ほども知らずに。



ケーキを食べ終えて満足したジローは再度カーペットへと寝転んだ。
目の前には大きなベッドが見えるが、カーペットのほうがふわふわで気持ちが良いのである。
それもそのはず、スリッパを履くのを忘れがちなに合わせて毛の長いふわふわのものが敷かれているのだから。
の自室はジローにとって最高ランクのお休みスポットなのである。
ー。もこっちで一緒に寝よ?」
やはりふかふかの抱き枕を片手に見上げれば、仕方ないなぁといった感じの笑顔が見えて。
そんなを見て、やっぱり従兄弟でも跡部とは違うなぁとジローは思う。
跡部は可愛くないけどは可愛いだなんて、聞いた本人は怒りそうなことを考えて。
隣に来て寝転んだに心底嬉しそうに話しかけた。
「跡部って何時くらいに帰ってくんの?」
「どうだろ。俺もよく判んない。まぁあと2・3時間は帰ってこないと思うけど」
「だよね〜。だって準レギュラーたっていっぱいいるもん!」
望みどおりの返答にジローは笑って、そしてコロコロと転がってへと近づく。
うつ伏せに寝転んでいるからいつもよりも距離が近くて、それがとても嬉しい。
端正な美貌を目にして、すごく綺麗だとジローは思う。
タレ目気味の目が、跡部と同じなはずなのにどこか違くて。
思わずペロリと舐めた。



パンチを食らった。(ジロー20のダメージ!)



「な・に・し・て・ん・の・か・なぁ?」
「いたっ! いたたたたたたっ! マジで痛いっ!」
「痛くしてるんだから当然だっての」
グリグリとこめかみをグーで痛めつけられてジローが悲鳴を上げる。けれどは容赦なく制裁を加えていて。
しばらくして気が治まったのか、グッタリとしたジローを絨毯へと放り投げた。(ジロー15のダメージ)
「ひどい、・・・・・・・・・・」
「人の顔を勝手に舐めるジローが悪い」
「・・・・・・・・・愛情のしるしなのにー・・・」
「そんな愛情はイリマセン」
「・・・・・・ひどい・・・」
抱き枕を抱いてグスグスといじける。
そんなジローのお子様っぷりにほだされたのか、は溜息をつきながらいじける背中をポンポンと叩いて。
「いきなりあんなことしてくるジローが悪いんだよ」
クルクルの髪を楽しそうに撫でた。コロンとジローが振り向く。
その大きな目でをじっと見つめて。
「・・・・・・・・・・・・・・いきなりじゃなかったら、イイ?」
意外な言葉に目を見開いた。
手が、ぎゅっと握られる。
「ね、キスしてイイ?」
真剣な眼差しに本気で言ってるのだということが判って、つい視線をそらす。
だけどそれを許さないかのように手を引かれた。
――――――目の前の瞳。
もう一度、今度はゆっくりと目元をなぞられる。
「・・・・・・・・・・ジロー」
たしなめるように言うから、ちょっとだけ拗ねて頬にキスをする。
何度も何度も、ちゅっと音を立てて繰り返して。
「ジロー」
笑い声が聞こえるから、嬉しくなって笑った。
もう一度、瞳を覗き込んで。
――――――もう一回。
「・・・・・・・・・キス、してもイイ?」
自分のおねだりにが弱いと知っていて、猫のように唇を舐めた。
すぐさま返されなかった拒絶に喜んで、抱き枕を放り投げて身を乗り出す。
「しちゃうねっ!」
今度こそちゃんと唇を合わせた。





「おかえり、景吾」
夕方になってようやく帰ってきた従兄には労いの声をかけながら入れてもらった紅茶を渡す。
ドサッとソファーに倒れこんだ跡部の髪をサラサラと撫でて。
「この店のケーキ、景吾も好きだろ?」
紅茶とセットでケーキも渡す。自分が昼間食べたのと同じフルーツタルト。
「・・・・・・・・・・疲れた。何で俺が準レギュラーの面倒まで見なきゃいけねーんだよ。ったく、こっちは正レギュラーだけでも面倒だってのに」
「それだけ榊監督も景吾の力を買ってるんだよ、きっと」
「だといいけどな」
軽く鼻で笑って、紅茶をすする。
カップを戻す際に従弟の腕を引き寄せて隣に座らせた。
いつもは抵抗してくるのに今日はそれがないので、ほんの少しだけ訝しがりながら。
。おまえ今日何してた?」
問いかけに、は跡部と似た顔でとても綺麗に微笑んで答えた。

「――――――――猫と、遊んでたよ?」

邪魔者もいなくて、ケーキも食べれて、お昼寝も出来て、キスも出来た、ラッキーな猫と。
心の中でそんなことを付け足すを抱きしめて、跡部は「ふーん」と頷くのであった。





2003年5月12日