「俺、先輩のこと好きなんスけど」
「・・・・・・・・・越前?」
「だから、先輩が好きなんです」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺と、つき合ってくれませんか?」

放課後の図書室に二人きり。
絶好の告白シチュエーションを越前リョーマは有効活用したのであった。





彼と彼は交渉を





「・・・・・・・・・・・・・・・・・先輩?」
本を棚に戻そうとしていた体勢から動くことのないにリョーマが話しかけた。
けれど相手はそのまま動く様子もなく。
リョーマは小さく肩をすくめて。
「これ以上反応してくれないんならキスしちゃいますよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!」
ガタガタガタッと背後にあったブックシェルフをなぎ倒してが逃げる。
そんな相手にリョーマは楽しそうにクスリと笑って。
「俺、先輩が好きなんです。俺とつき合ってくれません?」
再度告げる、衝撃の事実。
突然委員会の後輩から明かされた告白に、はというとただただ呆然としてしまって。
「・・・・・・・・・本、気?」
「本気っスよ。でなかったら男に告白なんて出来ないし」
「そりゃ、そうだけどさ」
ずれてしまった茶色のフレームの眼鏡を人差し指で直して。
そんな仕草も好きだなぁ、とリョーマは一人で小さく笑う。
先輩が好き。そんな風に困ってる顔も、照れたときに眼鏡を直す仕草も」
一歩、に近づいて。
「任された仕事は誰よりもきちんとやるところも、だからって終わった後にまだ終わってない人の仕事を手伝いはしない冷たいところも」
そっと、手を伸ばして。
「本当は勉強も運動も出来るのに手を抜いてやらないところも、その素顔を隠してるところも」
自分より20センチ近く高い相手を本棚と自分との間に閉じ込めて。
「全部、好き。先輩のこと丸ごと好き。大好き」
甘く、囁く。

「だから、キスしてもいい? 触れるだけの子供キスじゃなくて、深いヤツ」
「いいわけねーだろ! この変態がっ!」



鉄拳が炸裂。



ジンジンと痛む頭を抱えてしゃがみこんだリョーマをは息を整えながら見下ろして。
理屈では現状を理解しているものの、感情はどうも追いつけていない。
冗談だろう、という考えが捨てられなくて。
・・・・・・・・・対応に、困る。
そうして上目遣いのリョーマが小さく呟いた一言に対応が遅れ、思考が止まる。
「・・・・・・・・・不二先輩とはしてたくせに」
チッチッチッチーン
きっかり3秒停止して。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜何でオマエがそんなこと知ってるんだよっ!!」
告白された現状と、先日の不意打ちのキスシーンを他人に見られていた事実にの顔が真っ赤に染まる。
そんなにリョーマは口元だけでにやっと笑って。
「だって俺、その日カウンター当番だったし」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」
カウンター当番とは図書委員会の仕事の一つで、本の貸し出しをする係りのこと。
そういえばそうだったな、なんて頭の片隅で思い出しながら。
「だからって・・・・・・・・・・ッ!」
「安心していいっスよ。誰にも言ってませんから」
リョーマは床に本格的に座り込んで。
伸ばして触れたの手首を握りこむと思いっきり引っ張った。
「う、わっ」
バランスを崩して倒れる体。
予想していた痛みと衝撃はなく、温かい体温を感じては反射的に閉じていた瞳を開く。
そうして目の前にある幼いながらにも整った顔に目を見開いて。
チュッという音と軽い感触にさらに目を丸くして。
リョーマは楽しげに目を細めて笑った。
先輩って、甘い」



『オマエは突発的事態に弱いんだよ』
以前あの憎らしい俺様従兄の言っていた言葉がの頭を過ぎる。
『仕事なら理屈で簡単に処理できるけど感情がついてくるもんには弱いんだよ、オマエは』
そうですね、全くもってその通りです。
言われたときには否定した言葉に今は深く頷いて。
どうしたものかと頭を悩ます。
この自分を抱きしめて嬉しそうにしている黒猫に制裁をお見舞いするべきかどうか、真剣に考えて。
『オマエ、ペットには甘いよな』(この後には『俺には厳しいのに』という泣き言が続いた)
そうです、その通りですよ。
自分のことを自分以上に判っているらしい従兄に今は諸手を挙げて賛成するしかなかった。



「・・・・・・とりあえず、離して。越前」
「イヤっスよ。離したら先輩、逃げるでしょ」
「そりゃ当然逃げるけど」
「だったら離さない」
嬉しそうに言う黒猫には思わずため息をついて。
抱きしめられることに余り抵抗はない。一緒に住んでいる従兄は毎日のように自分を抱きしめてくつろいでいるのだから。
キスもまぁ・・・・・・・・・いいとしよう。
先輩、可愛い」
耳にかかる黒髪をかき上げてリョーマが耳たぶにキスを送る。
肩に押し付けていたの顔上げさせて、額をコツンと合わせて、その瞳を覗き込んで。
「先輩、この眼鏡ダテでしょ? 全然度が入ってないもんね」
茶色のフレームの眼鏡をそっと抜き取って。
現れた瞳にキスを落として。
「・・・・・・綺麗な顔。不二先輩もこの顔に惹かれたのかな」
うっとりとした目で自分を見つめる人間にもは慣れている。言うまでもなく従兄がその最たる例に挙がるのだが。
「・・・・・・不二と俺がキスしてたこと、誰にも言ってないんだな?」
言いたくもないが正確な事実を言って確認をとるのは交渉では当然のこと。
すでに跡部グループの後継者たる基盤は完成しているようである。
「言ってないっスよ。誰が『自分の好きな人が他のヤツとキスしてた』なんて言うんスか?」
「そう、ならいい」
「俺はよくない」
プンッと拗ねたように頬を膨らますリョーマには思わず苦笑する。
「もうキスはしたんだからそれでいいだろ」
「よくないっスよ。俺はちゃんと『触れるだけの子供キスじゃなくて、深いヤツ』って言ったじゃないスか」
「キスはキスだ。俺はちゃんと条件呑んだんだから、オマエもこれからも口外するなよ」
「・・・・・・ずるいっス。先輩」
「こうして大人しく抱きしめられているだけ良しと思え」
「ちぇっ」
舌打ちするリョーマが可愛らしくてが笑う。
きっとこの後輩が可愛いから景吾や不二みたいに制裁を加える気にはならないんだろう、なんて自己分析をしながら。
けれど返答はきちんとしておかないと後々禍根を残すから。
「俺は越前のことを後輩として好きだけど、恋愛対象とは見れない。だからつき合えないよ」
その答えにリョーマは肩をすくめて、それでもから視線を逸らさずに抱きしめたまま口を開く。
「そう言うとは思ってた。でもさ、先輩がいけないんだよ。俺の目の前で不二先輩とキスなんかしたりするから」
「アレは不可抗力だろ。寝込みを襲った不二が悪いんだから」
「その後にものすごい蹴り食らってたしね。ザマア見ろって感じ」
「・・・・・・おまえ、仮にも部活の先輩に」
「恋愛に先輩も後輩も関係ないし」
ハッキリと言い切るリョーマには笑みを漏らして、そんなにリョーマは目を細めて微笑んで。
「俺、先輩が好きだよ」
想いを再度、口にする。
「絶対に諦めないから、覚悟しててよね」
今度はゆっくりと近づいて重ねられた唇。
年下とは思えない力強さで動きを拘束されて。
熱を持った舌が歯列をなぞる。
絡められて伝わる劣情に思わず身震いして。
クチュッと響いた水音に顔が赤くなる。



この直後見事な制裁を加えられてリョーマは床に沈没し、は図書室から走り去るのだった。





<その日の夜>

「何なんだよアイツは! 中一であそこまでキスが上手いっつーのはアリなのか!? 普通ないだろ!」
『落ち着いてよ、。何、越前君ってそんなにテクニシャンだったんだ?』
「そうだよ全く! 景吾で慣らされてたはずなのに・・・・・・・ッ! ムカつく!」
『跡部君の上を行く人がいるとはねぇ。しかも年下で。これは俺も負けてられないな〜』
「キヨはいいよ、今のままで。むしろ今のままでいてくれ。俺はこれ以上周囲に振り回されるのはゴメンだ」
がそう言うならいいけど。大変だねぇ最近モッテモテじゃん』
「俺はそんなの望んでない」
『まぁの美貌が悪いってことで』
「これも全ては景吾の所為・・・・・・! 俺は大人しく地味に学校生活を送っていたのに、アイツが現れたりしたから! だからこんなことになったんだ!」
『じゃあその怒りは全部跡部君に』
「よし! じゃあキヨまたな。今度は会って話そう」
『またね、。愛してるよ〜』
「ハイハイ」



こうしてその日の夜、跡部&家では人間のものとは思えない絶叫が響き渡り、けれど広すぎる敷地から誰もその声を聞いたものはいないのだった。





2002年11月30日