ゆうに30畳はあろうかというリビングでくつろいでる二人。
一人はソファーに座って大画面で映画を見ていて、もう一人は隣のソファーに座り本を読んでいる。
流れる音は往年の名女優が話すクインズイングリッシュのみ。
この静かに流れる時間は跡部景吾のもっとも好んでいるものの一つであった。





彼と彼は映画のように





廊下に置いてあるアンティークの大時計が10時を告げた。
それでも映画はまだ中盤で、本もまだ読み途中。
「・・・・・・・・・
一人掛け用のソファーに座っている少年を眺めながら跡部は無意識のうちに名前を呼んでいた。
こちらを向いたの顔に学校でかけている茶色のフレームをした眼鏡はなく、整った造作の顔がまっすぐと跡部を見つめ返して。
「何、景吾」
「こっちに来い」
「何で」
「何でもだ」
相変わらずの横柄な物言いにわざとらしく肩をすくめて。
それでも一度言い出したら引かない性格を知っているから、大人しく本にしおりを挟んで立ち上がる。
足首まで隠れるふわふわの絨毯の上を素足で歩いて。
近くまで来た自分より小柄な身体を跡部は軽く引き寄せた。
バランスを崩して落ちてきた身体を居心地よいように抱きしめて。
満足げにの黒髪に顔をうずめる。
「・・・・・・・・・何やってんだよ、景吾」
当然のごとくが反論を試みる。
「何って抱きしめてんじゃねぇか」
「それぐらい判るっての。俺が言いたいのは何で抱きしめてるのかってこと」
「そんなのが好きだからに決まってんだろ」
「ハイハイ。俺は本の続きが読みたいから離してくれない?」
「・・・・・・誰が離すか」
軽くあしらわれて不貞腐れながらも跡部は頑なに首を振る。
抱きしめる力を強めて、絶対に離さないと主張して。
「・・・景吾、苦しい」
ポンポンと拳で軽く背中を叩く。
それでも離そうとしない相手にやっぱり大きくため息をついて。
「判ったから。抱きしめてていいから本くらい読ませてくれよ。おまえだって映画見てんだろ」
跡部自身すでに映画などどうでも良かったのだが、せっかくのチャンス。
少しだけ力を緩めてそのまま優しく抱きしめた。
が跡部の腕の中で横座りして本を読み、跡部はその温かい体温を感じながら映画を眺めて。
静かに流れていく時間。
跡部景吾はたしかに幸せだった。
「父さんたち、今日は天城グループのパーティーだって言ってたな」
本から目を離さずにが話を振る。
「ああ。どうせそのあとも仕事で帰って来ねーだろ」
「母さんたちは優雅にパリだし」
「さっき電話あったぜ。ヴィトンの財布と鞄とどっちにしようかとか言ってやがった」
「・・・あの人たちらしい」
クスクスと小さく笑って。
鼻先で揺れる黒髪に跡部は軽く唇を押し当てた。
けれどそれもいつものことでは大して動揺もしない。
「来週の金曜は空けとけよ。親父たちが出られない立社記念式典に出なきゃいけねーからな」
「・・・・・・俺、それ聞いてないけど」
「叔父さんが言い忘れたんじゃねぇの」
「大体いい加減にしてほしいんだよね。最近ずっとパーティーやら新作発表会やら出席させられてさ。俺は普通の中学生なんだから学生の本分を邪魔するなっての」
うんざりしたように言うに跡部は小さく笑って。
「今のうちからこの世界に慣れさせておきたいんだろ。俺たちはいずれ跡部グループを継ぐ身だからな」
「・・・・・・・・・景吾一人で継げよ」
「ザケンな。俺の家とお前の家の二本柱で会社は成り立ってんだぞ? 親父と叔父さんだってそうやってるじゃねぇか」
「・・・・・・・・・俺、平社員でいいし」
「この前の式典で鷹宮グループの仕事横取りしてたヤツがよく言うぜ。そんな風に業績伸ばしてりゃ嫌でもヒラじゃいられねーよ」
「あれは横取りしたわけじゃない。うちの会社の方が上手くやれるって言っただけだ」
「まぁな。そのおかげで天城グループと仕事が出来たんだ。それでいいじゃねぇか」
「・・・まぁね」
頷きながらも納得はいっていないようで。
たとえ本人が嫌がったとしても跡部は決してを逃しはしないだろう。
自分と肩を並べて生きていくのはだと決めているのだから。
血の繋がりや、仕事がどうというのではなく。
人生のすべてにおいて共に生きていくことを。
の意向など構わずに跡部は勝手に人生のレールを引いているのだった。



静か過ぎる家には今、と跡部しかいない。
元々この家にはと跡部の家族、それと住み込みの執事と家政婦しか住んでいないのだが。
今夜は両方の父親は仕事でいなく、両方の母親は仲良くパリへと旅行していて。
本を読んでいる横顔を見下ろしながら跡部は思う。
この自分とよく似た雰囲気を持つ従弟を、誰よりも愛しいと。
彼を自分のものに出来たら、と。
映画では親密な雰囲気で恋人たちがキスを交わす。
許されない身分違いの恋。けれど懸命に身を燃やして。
跡部は自嘲気味に口元を歪め、手を伸ばした。
「――――――何・・・」
乱暴に本を取り上げて。
その白い喉元を反らすように。
上を向かせると同時にうっすらと開いた唇に。
噛み付くようにキスをした。
柔らかな感触を求めるよりも先に舌を絡ませて。
倒れこむのを防ごうと腕にしがみついてきた手に笑みを漏らして。
あまりの甘さと気持ちよさに何度もその快感を追い求めて。
淫らな音だけが二人だけのリビングに響いた。



しかし良い事ばかりじゃないのが人生というもの。



「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜離しやがれこのケダモノがっ!!」
先日青学テニス部元レギュラーを痛めつけた得意の蹴りではなく、新たな必殺技のエルボーが見事に相手の腹に決まった。
「――――――――――っ!!!」
そして呆気なく跡部撃沈。
はというと4人掛けのソファーの端へと避難して。
艶やかに光る唇を乱暴に擦り上げる。
「映画観たからって欲情してんじゃないっての! しかもR-18指定ならともかく純愛ラブロマンスで!」
ブラウン管の向こうではこちらの様子など知るわけもなく名女優がつかの間の恋人に別れを告げていて。
その叶えられない愛に悲しむ顔と、この跡部の痛みに耐える顔と。
見比べるまでもなくはさらに蹴りを放った。
「性欲は俺じゃなくて女で発散しろっていつも言ってんだろ! いい加減に学べッこの単細胞!!」
ゲシゲシと容赦なく連続で蹴りをお見舞いして。
けれどそこは跡部景吾。
氷帝のテニス部で伊達に部長を務めてきたわけではない。
蹴りこんできた足首を捕まえて力いっぱい引き寄せる。
運動部でもなく跡部よりも小柄なの身体はソファーの上を引きずられて。
・・・・・・・・・気がつけば先ほどよりもヤバイ状態。
「女よりもオマエがいいんだよ。
革張りのソファーに押し付けて挑戦的に笑う。
けれどそれに負けて堪るかと気を強く持って言い返して。
「俺はおまえよりも女の方がイイっ!」
「あーん? そんなこと言いやがるのはこの口か?」
「ざけんな―――――――――っ」
文句も最後まで言い終わらないうちに、跡部は再度に唇を重ねた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
背中を殴る拳も何のその、さすがに蹴り技だけは封じ込めるよう体重をかけて。
先ほどよりは優しく、それでいて熱いキス。
「・・・・・・けい、ごっ・・・」
時折唇の合間から漏れる声がさらに劣情を煽って。
自身そのつもりはないのだが跡部にとっては何よりも効果のある誘い方。
そして何度も唇をなぞる。



しかし良い事ばかりじゃないのが人生というもの。
(二回以上言わないと跡部景吾には理解されないようだ)



「〜〜〜〜〜〜このケダモノ変態スケコマシのエロ男がっ!」
パーンッという威勢のよい音が響いて、ついでドカドカッという何かを足蹴にする音。
こうして跡部&家の夜は更けていくのであった。





<翌日の氷帝中等部>

「何その顔! うっわー派手な平手の痕! 跡部のっ・・・跡部の顔に・・・平手っ・・・・・!」
「それ、どうしたんですか? 跡部部長」
「野暮なこと聞くんやないで、鳳。跡部にこんな痕つけられるんは一人しかおらへんやろ?」
「またに手を出したのかよ。しかもやり返されるなんて激ダセェな」
「跡部ー・・・俺のに手ぇ出さないでよー・・・」
「何言ってんだよジロー! は俺のなんだからなっ」
「自分こそ何言うとんのや。は俺のになるって決まっとるんやで」
「向日先輩も忍足先輩も勝手なこと言ってますね。選ぶのはさんなのに」
「・・・・・・とか言いつつ自分を選んでもらう気満々だろ、長太郎」
「あ、わかっちゃいました?」
は俺のなのー・・・・・・」
「どいつもこいつも勝手なこといってんじゃねぇよ!」
「その顔で言われても怖くないしー!」
「むしろ哀れみさえ浮かんでくるで。なぁ、樺地」
「・・・・・・・・・・・・ウス」



この日より一週間、跡部はから無視され続けるのであった。





2002年11月24日