「きゃっ!?」
スポーツショップを出たところで持っていたビニール袋からボールが転げ落ちた。
あ、ちょっと待って!
黄色いボールがコロコロ落ちて転がっていく。
でも私は両手に荷物を抱えてるから上手く拾えなくて。
あーもう一度下ろすしかないかなぁ。少し重いから嫌なんだけどね。・・・でも仕方ない。
そう考えてたら、コロコロ回っていたボールが一個アスファルトから姿を消して。
顔を上げれば、そのボールが目の前へと突き出された。
「これ、あんたの?」
150センチ台半ばの私より10センチくらい小さな身長。
気の強そうな黒い目と、ちょっと天然パーマの入った柔らかな髪が印象的な男の子。
ずいっとテニスボールを突き出してる手は、私と同じくらいの大きさで。

彼は、ランドセルを揺らせて私を見ていた。





Hello, I love you.





てくてくてくてく。
テクテクテクテク。
てくてくてくてくてくてく。
テクテクテクテクテクテク。
ぴたっ。
ピタッ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜なんだよっ!? ついてくんな!」
ガウッと噛み付きそうな勢いで振り向いたランドセルの男の子。
あ、ちょっとほっぺが赤くなってる。可愛いなぁ。
グルルルルルーと私を睨んでくる様子は身長差から上目遣いになっていて。
うわぁ・・・・・・可愛い、この子。本当に。
外見も整っていて可愛くてカッコイイけど、それよりも何ていうか、雰囲気が可愛らしい。
甘い感じじゃなくて、少年らしい可愛さっていうのかな。
「俺になんか用かよっ!?」
歯向かってくる声はまだ声変わりしていなくて少し高くて。
「うん、さっきのお礼がしたくて」
「お礼・・・・・・?」
私の言葉に怪訝そうな顔で男の子がつぶやく。
そんな様子も可愛くって、でも男の子らしくてつい笑みが零れる。
「そう。ボール拾ってくれたでしょ? そのお礼。何がいい?」
「・・・・・・・・・あんた、怪しい人?」
「・・・・・・・・・え?」
怪しいって、私が?
首を傾げたら男の子は私をビシッと指差して胸を張った。
「今時そんな言葉でついてく奴がいると思ってんのかよ? だったら一から勉強しなおせよなっ!」
「・・・・・・・・・」
「俺は優しいから警察には通報しないでやる。じゃーな、あんたも真っ当な人生を歩めよ」
そう言い捨ててクルッと背を向けて歩いていく男の子。
黒のランドセルが小さく揺れながら少しずつ離れていって。
えー・・・・・・っと・・・? あれ? ・・・・・・・・・あれぇ?
「ちょっと待って!」
手を伸ばしてグイッと引っ張ったらランドセルが引っかかって、男の子は思わず止まった。
その後でゴホゴホとむせてる。
「ご、ごめん。大丈夫?」
目を合わすために少し屈んだら、あの気の強そうな目で睨まれちゃった。
でもそんな表情もすごく可愛くてカッコイイ。
だから私に出来る最高の笑顔で微笑んだ。
「私の名前は橘杏。不動峰中の二年」
ふわふわの髪の毛が揺れてる。黄色い通学帽がなくて良かったぁ。だってこんな可愛い髪が見られないなんて勿体無いもの。
「これで『怪しい人』じゃないでしょ?」
「・・・・・・・・・証拠は?」
「ハイ、生徒手帳」
鞄から取り出して渡すと、男の子はそれをマジマジと見据えて、そしてわざとらしくため息をついた。
「しょーがないから、お礼されてやる」
笑った彼は、やっぱりものすごく可愛くてカッコよかった。



「名前、何ていうの?」
鯛の形をしたお菓子を片手に聞くと、つぶあんタイヤキを食べながら彼は答える。

「年は?」
「小5」
小5ってことは11歳。私とは3歳差かぁ。うん・・・・・・まぁ、範囲内だよね?
「なぁ、それ食わないの?」
彼・・・君は私の手に持っているタイヤキを指差して聞いてくる。
これはつぶあんじゃなくてクリームタイヤキ。
「良かったら食べる?」
聞いたら彼は少し『むーっ』と考えて。
「・・・・・・・・・・食べる」
そう答えたから私は笑ってタイヤキを手渡した。
君は受け取ってパクパクッと食べ始める。その食べっぷりは見ていて気持ちいいくらい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。
「ごちそうさま」
指についたクリームを舐め取って君が言う。
私はそんな彼を見て笑いながら、さっき気づいたことを言った。
「間接キスだね」
だってそのタイヤキ、私も少し食べちゃってたし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぼっ

あら。あららららららららら。
君、真っ赤になっちゃった。
リンゴみたいに赤くて、そんな顔が年齢より少しだけ幼く見えて。
でもキッと私を睨んでくる視線はやっぱりしっかり男の子してて。
うん、いいな、この子。
「――――――――――俺っ! 帰る!」
ガチャッとランドセルの中身を乱暴に揺らして君が立ち上がる。
ふわふわっと髪が揺れて。
何だかそれが天使の羽みたいに見えて。
だから、つかまえた。



「私、君のこと好きになっちゃった」
カッコ可愛い天使君に微笑んで。
「私を君のガールフレンドにしてくれない?」



握り締めた手首は私と同じくらい細くて、でもこれからたくましくなっていくんだろうな。
でも出来れば兄さんみたいじゃなくて、もうちょっとだけ繊細に育って欲しいけど。(別に兄さんが嫌いなわけじゃないんだけどね?)
そして君が大きくなっていくのを、一番近くて見ていたい。
隣で、一緒に。
「ダメ?」
首を傾げたら君は真っ赤な顔をさらに赤くして、困ったように唇を横に結んだ。
Tシャツからのぞく首筋もうっすらと赤く染まっていて。
あぁ、本当に可愛い。カッコよくて可愛い。
やっぱり傍にいたいな。

「――――――――――かっ・・・・・・・・・考えといてやるっ!」

赤い顔で、でも気の強い目で、私をまっすぐに見て言った君。
それが可愛くって、カッコよくって、嬉しくって思わず抱きついた。
今はまだ私より背の小さい君は、私の腕の中にスッポリと納まって。
ジタバタ暴れたりするところもすごく可愛い。
うんでも、やっぱりランドセルは少し邪魔かな?



とりあえず、橘杏。
本日カッコ可愛いボーイフレンドが出来ました。





2003年4月25日